木曜日の朝7時30分、アナトールホテル1882号室の電話のベルが鳴り響いた。

電話の主は、アルバート・プホールズ。その部屋の主である代理人のダン・ロザーノに、彼を取り巻く野球の環境がドラマティックに変わる言葉を伝えた。 

「エンジェルス」彼は言った。「私はそこが良いと思う」 

プホールズは、ロスアンゼルス・エンジェルスの10年、254百万ドルという素晴らしい契約に合意し、それはアナハイム、セントルイス、マイアミとそれを超えるファンとフロントオフィスに衝撃を与えた。

プホールズには実際に、200百万ドルを超える3つのオファーが届けられていた。マイアミ・マーリンズは275百万ドル、カージナルスは210百万ドルだ。 それは野球史上2番目に長い契約で、フリーエージェントの制度ができてから約40年で最も刺激的なものだ。

エンジェルスのオーナー、アルテ・モレノは2003年に183百万ドルで球団を買ったが、その倍ほどの大金を木曜日のわずか2時間ほどで、プホールズとテキサス・レンジャースの左腕C.J.ウィルソン(5年、77.5百万ドル)の獲得につぎ込んだのだ。 それは、球団のためだった。

以下はこの契約がいかにして行われたかの舞台裏を、1ダース以上のスカウトとフロント幹部、代理人そしてプホールズと親しい選手に取材したものだ。多くはその敏感な内容のために匿名になった。

カージナルスの挫折

ロスアンゼルス・ドジャースのドン・マッティングリー監督は、土曜日にプホールズのチャリティートーナメントに参加した。彼らはここ数年来の友人で、マッティングリーが感じていたのは、プホールズとカージナルスのフロントオフィスの信頼関係の歪みだった。

 「そこにフラストレーションがあったんだ」マッティングリーは言った。彼はインディアナ州エバンズビル育ちで、カージナルスファンだった。「彼は、何かが間違っていると感じていた。彼は、それにフラストレーションを感じていた」

「 私は、彼にセントルイスにいて欲しかった。だって彼は、そこでは伝説的な人物なんだ。デレク(・ジータ)やカル(・リプケン)みたいなね。だけど彼が自分の気持ちに正直ならば、そこを離れるだろうということも、私には解っていた」

プホールズのフラストレーションは、二年間に渡ってカージナルスが彼と長期契約を結ぼうとせず、チームがそれを優先事項だと考えていないように感じたことだった。彼は、8年116百万ドル契約の最終年であった今シーズンもチームのワールドシリーズ制覇に貢献した。

彼らは、2月に9年195百万ドルのオファーをした。プホールズは、10年契約を望んでいたためにそれを拒否した。彼らはシーズンが終わるまで、契約の話はしないことで合意した。そしてフリーエージェントになる10月30日、カージナルスはオファーを出したが、それはより短い期間のものだった。 プホールズ、そして人々はもしかしたら、チームは彼を追いだそうとしているのでは、と言った。

マーリンズは、そのナショナルリーグMVPと3回食事をした。彼らは彼をマイアミのジョーズ・ストーンクラブ・レストランに招待し、観光地を案内した。彼らは彼を新球場に案内した。そこのビデオボードやテレビにはマーリンズのユニフォームを着たプホールズの映像が流れていた。

彼らはまた、仮想の2012年ラインアップをスコアボードに写していた。ショートにはホセ・レイエスの名前があった。彼は最終的に6年、106百万ドルで契約した。彼が1番バッターで、プホールズはクリーンアップだった。

マーリンズは、執拗だった。彼らは条件を上積みした。二回、そして三回もだ。日曜日にウインターミーティングに到着した時、彼らはプホールズを連れて帰れると思っていた。

実際に彼らは10年275百万ドルという野球史上最高額のオファーを出していた。それは繰延払いではなく、インセンティブが付き、フロリダ州税も免除だった。この内容は、実際には300百万ドル近い価値があった。

しかしプホールズは、契約しなかった。マーリンズは、チームの方針でトレード拒否条項を認めなかったのだ。プホールズはまた、現在のショートであるハンリー・ラミレスがレイエスのためにサードに移るのにトラブルが起こると見ていた。それに、2回のワールドシリーズタイトルを持ちながら、マーリンズは19年の歴史の中で6回しか勝ち越しをしていない。

マーリンズは月曜日に、プホールズが了解すると思っていた。彼らは彼がカージナルスのオファーを断ると解っていた。 それはそうなった。しかし他のチームが割って入ってきて、マイアミの計画は台無しになった。そのチームは、名前が公になることを拒んだが、プホールズに10年225百万ドルのオファーを出した。プホールズは興味をそそられた。もし彼がセントルイスに戻らなければ、このチームは、完璧にフィットすると思った。

木曜日にカージナルスは、210百万ドルのオファーを出した。しかしそれは9年で10年目は彼が一定の成績に達しなければチームが破棄できるオプションだった。

それは確かに彼らが以前に提示した物を超える提案だったが、それでもまだ、テーブル上にある他のものよりは、物足りなかった。

その時はまだ、プホールズはセントルイスに戻りたがっていた。

そしてプホールズはマーリンズを、排除した。そして火曜日の午後には、カージナルスと秘密のチームの2チームの争いになっていた。そして数時間後、ロザーノの部屋の電話が鳴った。それはエンジェルスのジェリー・ディポットGMからで、彼は話をしたがっていた。

「誰についてだい?」ロザーノは言った。彼は、フリーエージェントのショート選手、ジミー・ロリンズと外野手のカルロス・ベルトランの代理人でもある。

「アルバート・プホールズについて、話がしたい」ディポットは言った。

ロザーノは唖然とした。そしてより大きな驚きが、翌朝9時にやってきた。エンジェルスは10年250百万ドルのオファーをしてきたのだ。それはインセンティブを含めると、280百万ドル近いかった。繰延払いも無しだ。そして完全なトレード拒否条項。そう、彼らは本気だった。

モレノはここ数年エンジェルスがフリーエージェントのカール・クロフォード、マーク・タシエラ、エイドリアン・ベルトレー、そしてC.C.サバシアを取り逃がすのを見てきた。 彼は二度ほどプホールズに電話をして熱心に話した。彼は同時にウィルソンとの契約を計画しているとプホールズに話した。彼らは2002年以来、そしてモレノがオーナーになって初めてのワールドシリーズ制覇まで、マーケットで積極的に動くことを止めるわけには行かなかった。

プホールズは、ロザーノと彼の妻デイドラに相談した。 彼女は、彼らの決定がその夜になされるように祈っていた。

それ本当?

木曜日の朝ロザーノは、スタッフと共に彼の部屋に座ってESPNを見ながら、ポテトチップスを頬張っていた。水曜日は本当に忙しく、午後4時までシャワーを浴びる時間もなかった。そしてここにいる4日間は、外に出かける暇もなかった。彼は木曜日のある時点で、プホールズから電話が来ることを期待しながら、前の晩ベッドに入った。しかし契約をまとめるには、あと数日はかかる見込みだった。

プホールズからの電話が朝の7時30分にあり、5分後ロザーノはディポットに電話をした。彼は昨晩、ウイルソンの契約をまとめるために、ほとんどの時間を費やしていた。新しいGMは、そのニュースをフロントオフィスのスタッフに伝えた。そのグループは、集まってからまだ2ヶ月未満だ。

「私たちは、お互いに見つめ合った」アシスタントGMのスコット・サーバイスは言った。「そして、”それ本当?”って言ったんだ。誰だって、特にワールドシリーズを制覇した後だし、彼がセントルイスにいたいって思うだろ。私たちみんなは、非現実的なことに疲れていたんだ」

次に秘密のチームのGMに電話をした。そしてカージナルスのジョン・モゼリアクGM、彼は唖然としていた。彼は急いでスーツケースを片付け、スタッフのほとんどに何も告げずにホテルを出て、空港に向かっていった。

「私たちは、セントルイスにアルバート・プホールズを引き止めることが出来ずに、失望している」カージナルスのチェアマン、ビル・デウィットはその数時間後に声明を発表した。「私たちは、アルバートに一生カーディナルでいてもらうためにベストを尽くしたことを、すべてのファンに解って欲しい。しかし不運なことに、私たちはそうすることが出来なかった」

後の記者会見で、モゼリアクはプホールズと話たと言った。「それは簡単な祝福と、彼とのここでの時間の思い出話だった。それはとても楽しい会話で、とても良い感じで終わった」

彼はカージナルスのオファーの内容については、コメントを避けている。

「私は条件のせいではないと思っている。それはとても良いオファーだったと保証する」

サインしたというそのニュースは、午前8時59分に伝わった。ルール5ドラフトが始まる、ほんの数分前だった。

各チームのスカウトと幹部で溢れかえっていたその部屋は、唖然となった。メッツのサンディ・アルダーソンGMは、11年前にアレックス・ロドリゲスが記録となる10年252百万ドル(後にロドリゲス自身が275百万ドルで更新)の契約をレンジャーズと同じホテルで結んだ時と似ている、懐疑的だが2000年の時ほど驚きはしなかったと言った。

「ここには、流行病があるんだよ」アルダーソンは言った。「10年契約を結んだ全てのチームが、後悔する。だけどもちろん、今それを持っているのは1チームだけだけどね」

誰もが麻痺状態でいる中、エンジェルスだけは違っていた。外野手のトリィ・ハンターと右腕のラトリー・ホーキンス、彼らは水曜日にその契約を知った。彼らは、テキサス州フリスコでパイレーツのクローザー、ジョエル・ハラハンと一緒に練習をしていた。ハラハンは休憩時間に携帯電話をチェックした際に、プホールズが契約したというツイートを見つけた。そしてそれを、ハンターとホーキンスに見せた。彼らは即座に、自分の携帯電話を取りに走った。

「僕には、65個のテキストメッセージと電話が12回来た」ホーキンスは言った。「それが、どこからともなくね」

そして彼らは去った

ロザーノは、午前11時50分の飛行機でロスアンゼルスに戻った。お祝いをしている時間は無かった。ロビーに居るメディアの大群と遭遇するのを避けるために、彼とスタッフはホテルの警備員にエレベーターから荷物の搬入口まで先導してもらった。そこには、タクシーが待っていた。

そして彼らは、立ち去った。

「これは球団を変えてくれる」ディポットは言った。「そして環境も変えてくれる。これは単に素晴らしい野球選手を獲得したということ以上の事なんだ」

参考記事:From zero to $254 million, how the Pujols deal got done 
By Bob Nightengale, USA TODAY
http://www.usatoday.com/sports/baseball/al/angels/story/2011-12-08/albert-pujols-cj-wilson-sign/51750952/1AID=4992781&PID=4166869&SID=1s5fbz0rj4jqq