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これは私たちが今年見た野球に関する写真の中で、一番インパクトがあるかも知れない。水曜日の夜、この写真の審判グレッグ・ギブソンが、トリィ・ハンターのスパイクから受けた衝撃による脳震盪や形成手術を受ける必要はなく、数針縫っただけで済んだと言うのは良いニュースだ。

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2005年5月3日、マーク・クルーンは二日間で2度目のセーブをするための準備をしていた。横浜ベイスターズのクローザーの仕事を、ファンに人気絶大だったカズヒロ・ササキから受け継ぎ、本拠地球場の観客の前に初めてお目見えするのだ。球場のアナウンサーは、彼の登場を興奮して紹介した。

「マウンド上は、マーク・クルーン!」

40,000人を超えるファンからの反応は?
 
静寂だった。

「彼らは”もしもし?”みたいな感じ」クルーンは思い出す。「野球をやってきて、一番無様なことだった」

不愉快ではあったが、クルーンはセーブをした。彼はまた、ベイスターズと読売ジャイアンツでの6年間で多くの価値ある時間を過ごした。

新たなスタートのメリットを享受するには、最初に彼らはよそ者であるという課題を克服しなければならない。 野球キャリアを海外に求めた数百人のアメリカ人にとって、それは当然の成り行きである。 

「僕は適応するために一生懸命戦う人たちが、上手くいくのを見てきた」 日本で4回のオールスター出場経験を持つオリオールズの左腕ツヨシ・ワダは言った。「それをしない人たち、自分がやりたいことだけをしていた人たちは、そうなることが出来なかった」

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クルーンは2004年に、コロラド・スプリングスでの試合後にアプローチを受けた。駐車場で彼に近づいてきた男は、クルーンの投球に注目していて、日本のプロ野球でプレーしないかと誘った。

その機会は、必ずしもそれほど直接的に来るとは限らない。

日本のチームは、3Aの試合とメジャーリーグの選手の動きに注目し、メジャーとマイナーを行き来している選手を探す。

ジャイアンツの投手ライアン・ボーグルソンは、3Aとメジャーの間を慌ただしく動いた2005年のシーズン後に、アプローチを受けたが断った。そして辛いシーズンだった2006年の後、オファーを受け入れた。

メジャーの移籍期間が始まる前が契約の期限だったので、彼は素早く決断しなければならなかった。いま読売ジャイアンツにいるかつてのフィリーズのリリーバー、スコット・マシソンも同じだった。

「僕は、メジャーリーグに戻るためのステップとして見ていない」マシソンは日本からのemailで言った。「僕の人生の新しい章だと思っている」

作家で日本野球のエキスパートであるロバート・ホワイティングは、彼らがマイナーリーグで得ている2倍くらいの給料と新たなスタートを探している間に、日本のチームは、自前の選手に足りないものの一つである”パワー”を提供できる”4Aクラス”の選手だと想定できるキャリアが下降気味のオールドスターと契約する方向に流れが変わってきていると言った。

それはかつてのメジャーリーグ先発投手、ブラッド・ペニーのケースだけではない。彼はこのシーズンオフにソフトバンクホークスと1年4百万ドルで契約した。ペニーはメジャーでの12年のキャリアのほとんどで成功を納めており、昨年はタイガースにいたが、日本でキャリアを続けることを選んだ。

「僕はあそこに留まって、プレーをすることも出来た」ペニーはホークスでの彼の入団会見で言った。「だけど僕はキャリアの中でこの様なチャンスをもらうのは、そう何度もないと思った。そして僕は今、そうしたほうが良いと思った」

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多くのアメリカ人と同じく、クルーンは最初グラウンド外のことに苦労した。彼は2週間で家に帰ろうと思った。日本食が食べられなかった彼は、そのとき体重を8ポンド落としていた。事実彼はそこでの6年間で1回もそれを食べなかった。

彼はライスを食べたが、工夫が必要だった。彼はビネガーをかけ、タルタルソースをかけて、味を足した。そこにはその国にいる多くのアメリカ人の駆け込み寺であるマクドナルドがあったが、そこに行くにはタクシーで15ドルもかかった。

「ビックマックに50ドルをかけるようなもので、僕はそれに疲れてしまった」クルーンは言った。「惨めだったよ」

クルーン、ボーグルソン、マシソンは、言葉が特に大問題にはならなかった。それは簡単ではないが、彼らはコミュニケーションの方法を見つけた。一方でコルビー・ルイスは、食料品店で指をさしながら何かを尋ねることをしていたかどうかに関係なく、それは”たぶん全ての中で最も過酷なこと”と言った。 

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しかし多くのアメリカ人の問題は、よそ者の”外人”であることで、それは食料品店だけのことではない。それらは、新しいチームとその球場にもあるのだ。

ボーゲルソンは、毎回2安打完封の投球が必要なような、高すぎる期待をされているように感じた。 なぜなら彼らは、彼に良い投球を期待して、お金を払って日本に連れてきているのだ。監督は一度ボーグルソンに、1失点でもしたら交代させると言った。

「彼らは、チームが少しでも良くなって、おそらくステップアップするために、僕たちを連れてきている。僕たちは助っ人なんだ」ボーグルソンは言った。「なんで僕がそんな事を言うかというと、彼らは僕に良い状態でいて欲しいんだけど、良くなりすぎて欲しくは無いんだ。僕には理解できなかった」

それは彼を精神的に強くしたが、彼がチームの勝利のために投げている間、自分のチームのメンバーと戦っているように感じたのは良いことではなかった。日本でプレーしていた他のアメリカ人も同じ事を感じた。ファンは彼らの自前の選手の成功を、むしろ見たがっていると言う。

しかし、おそらく日本にいたボーグルソンの最悪の時は、一軍選手としての立場を保証されていないと本当にわかった時だった。

初めてそれを伝えられた時には結局行かなかったが、2軍行きを回避することは出来なかった。それは頻繁にあることではない。4人の外国人が同時期に1軍にいることができるが、彼らは2軍に望むだけの選手を抱えておくことができる。

日本のファームシステムはアメリカのマイナーリーグシステムよりもかなり小さくて、それぞれのチームは傘下に一つのチームしかない。 それは控えめなアメリカ人には、特に使われないとホワイティングは言っているが、彼らをベンチに座らせるのではなく、試合で使い続ける。

「日本で、ガルフ・コースト・リーグの試合でプレーしているみたいだった」ボーグルソンは言った。「楽しくなかった」

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クルーンは、日本で2軍に行ったことがある数少ないアメリカ人の一人だ。彼はそれが日本での最も誇れる成果だと言った。彼は幸運だったと認めたが、やることもやった。

彼はササキから、できるだけ多くの知識を吸収した。何でも学んだので、彼は文化をリスペクトすることが出来た。ササキはクルーンを同じようにリスペクトし、後日載った新聞の記事によればクルーンはキャリアで最も気まずい時間だったと言った。

「ササキはいつも僕に、”クルーン、もし君がここの人たちに気に入られようと思うなら、一番早くグラウンド入りしなければならない”って言った」彼は言った。「もし君がここの人たちに愛されたいと思うなら、君はアメリカにいるのではないと理解しなければならない」

クルーンはグラウンドに最初に来ることで、最初の部分を実行した。

彼は162キロの日本最速を記録した。2008年にはセントラル・リーグのセーブ王になり、オールスターにも名を連ねた。2009年には優勝し、外国人セーブ数のトップになった。

彼はポップスターのマライア・キャリーの始球式の相手を務め、3Aのリリーバーなら会うチャンスが無かった他のアメリカの著名人にも数回会った。日本を離れることになった時、彼は日本文化にどっぷり浸かっている自分に気付いた。

「前に僕は、あそこで生活できる事が判った」クルーンは言った。「野球は違ったけど」

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日本でプレーしたアメリカ人は、いろいろな経験をする。成功、失敗、幸せ、不幸、親愛、孤独だ。

なので、もしキャリアを日本で過ごすことについて考えている若い選手がアドバイスを求めたら、彼らは心の底から何て言うのだろう?

「はっきりと言えるのは」クルーンは言った。「もし既にお金を稼いでいて、そこに行く理由がないのなら”僕はこれに対処する必要はない” ってなるだろうね。だけどもし君が飢えていて、もしまだアウトが取れると信じられるのなら、そしてお金が保証されるのなら、行くべきた。それは僕がしたことで、僕はそれをしてきた」

「もし稼ぎが良いという理由で、お金だけのためにプレーしに行くのなら成功しない」ボーグルソンは付け加えた。「もしより良いプレーがしたくて、そこでの経験を楽しみたいのなら、どんなに悪いことがあっても上手くやろうとするだろう。実際はそんなものだよ」

参考記事:Challenge of playing in Japan can be worthwhile By Adam Berry / MLB.com | 03/26/12 9:00 AM ET
http://seattle.mariners.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20120324&content_id=27583782&vkey=news_sea&c_id=sea  

日本人は、野球が大好きだ。

ファンは、地元で育ったスターを愛している。彼らは、選手がマイナーリーグから彼らのメジャーリーグである日本プロ野球(NPB)に行って、チームの優勝争いに貢献するのを見るのが好きだ。

しかし日本のファンが判っていることとして、日出ずる国から誕生したスーパースターの次の論理的なステップが、世界で一番大きな海を越えてアメリカに行くことで、そしておそらく残りのキャリアをそこで過ごすことだ。それはお気に入りの選手を彼らから遠ざけてしまうことで、ライフスタイルの大きな変化が要求される。
 
”サヨナラ”というのは簡単ではないが、日本のファンは今その言葉をよく使う。彼らはその背後にある理由を理解している。彼らはそれに賭ける。そして多くの場合、彼らはそれをより楽しむ方法を考える。

「彼らは、スター選手を失いたくないが、一方でメジャーリーグ・ベースボールでの実績に誇りを持っている」 ロバート・ホワイティングはemailでMLB.comに話した。彼は日本野球のエキスパートで、有名な”You Gotta Have Wa "(和をもって日本となす )の著者である。

「一部のファンは、怒り狂いながら抗議の意思を示しに球場に行く。その姿は、君たちには想像できないだろう」

ホワイティングはNPBで才能を開花させた多くの日本人選手が、有利な条件でアメリカに行くのを見てきた。それは1995年のヒデオ・ノモ、カズヒロ・ササキ(2000)、イチロー・スズキ('01)、ヒデキ・マツイ('03)、ダイスケ・マツザカ('07)、そしてこの冬にテキサス・レンジャーズと契約し、この春彼が投げる度にメディアが狂乱するユウ・ダルビッシュらだ。

しかしホワイティングは、この国がその競技と選手たちにどれほど熱心かを見てきていて、そしてメジャーリーグが、最もハイレベルの戦いを提供し、アメリカ行きのチケットが彼らのプライドをそそるものであることが判っている。

「ファンは、MLBが野球の究極であることを認識している」ホワイティングは言う。「彼らは、彼らのスターがチャレンジするところを見たがっている。そして彼らは、TVでそれを見る事ができる。なので彼らのロスは軽減される」

そう、TVだ。

メジャーリーグにいる同胞のうちの一人の全ての動きを追いかける日本メディアのメンバーの必要性は、とても重要だ。なので大都市の新聞、ウェブサイト、テレビ局は単にチームを取材するために、それらの選手がいるアメリカにジャーナリストを常駐させた。

例えばスポーツライターのノブ・コバヤシ、彼は1990年代の後半にはシカゴに住み、日本の新聞関係で働いていた。その後、彼は日本の神戸にあるデイリースポーツ新聞社に雇われ、2001年のマリナーズのイチローとササキを取材した。彼はそれ以来シアトルにいて、すべての試合後にイチローに質問をしている。

「日本人はいつも、メジャーリーグでプレーしている日本人選手を見るのを楽しみにしている」コバヤシは言った。「ノモが来た時、私たちはとてもエキサイトした。イチローやマツイ、マツザカ、ダルビッシュのときも同じ。ファンのほとんどは、それを見て喜んでいると思う」

日本人外野手コウスケ・フクドメ、彼は2008年にアメリカに来て'11年にインディアンズに移籍するまで、カブスでプレーしていた。今はホワイトソックスにいる。彼はずっとアメリカでプレーすることを夢見てきて、日本のファンがこの思いを理解してくれていると信じているし、願っている。

 「もし日本からここに来て成功したいと思ったら、一生懸命プレーするしかない」フクドメは言った。「僕たちはここでプレーができることを証明したし、自分たちのプレースタイルをアメリカに持ち込むことが出来た。それは素晴らしいこと」

エンジェルスのベテラン左腕リリーバー、ヒサノリ・タカハシは2010年までNPBで活躍し、35才でニューヨーク・メッツに加入した。彼は彼の旅立ちに関し日本のファンからどんな怒りも経験しなかったと言った。

「ファンから遠ざかるのは、難しいこと。だって僕は彼らのサポートに本当に感謝していたから。だけど同時にメジャーリーガーとして、何が出来るかを見てみたかった」タカハシは言った。

「ほとんどの日本のファンは、選手が考えていることや、することに対してとても好意的だ。そして彼らは日本野球の素晴らしさを知っているから、僕たちがどうするのかを見たいと思っている。特にダルビッシュ。彼らは彼がどうなるかに本当に注目している」

最終的に、それはファンよりも選手のほうが厳しいことが多いだろう。選手は一人で、新しい国、新しい言葉、新しい食事、新しいチームメイト、そして毎晩他の29チームをやっつけることに、順応しなければならない。

それは大変じゃないかと聞かれた時、地元のヒーローがメジャーで活躍するところを見るのが待ちきれない、多くの日本のファンの気持ちを思い返して微笑んだ。

 「野球は、野球だよ」彼は言った。「試合数と遠征の距離以外、大きな違いはない。それ以外は同じ。野球だよ」

参考記事:An ocean away, Japan follows hardball heroes By Doug Miller / MLB.com | 03/23/12 10:00 AM ET
http://seattle.mariners.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20120323&content_id=27534814&vkey=news_sea&c_id=sea  

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「プリンス・フィルダーの契約が、こんなに時間がかかっているのは何が原因なんだい?」と聞いた時、彼の代理人スコット・ボラスは、本質的な返事を返してきた。「こういうことには、時間がかかる」

フィルダーはキャリアで230本のホームランを打っている27才の強打者という、稀なフリーエージェントだ。アレックス・ロドリゲスが初めてオープンマーケットに出た時より41本多いが、2000-01年のA-Rodは、2才若かった。

ボラスはフィルダーに、オーナー達への自分の売り込み方を説明し、そしてそれらのオーナーにフィルダーを紹介する。 ”時間がかかる”とは、そう言うことだ。

確かに、することがたくさんある。

「プリンス・フィルダーがミルウォーキーに来て、最初の年が過ぎて、彼らは何を得たのか」ボラスは言った。「そして、この数字(2.21百万)を見て、彼らがミルウォーキー(3.07百万)で今、何を得ているのかを見てよ。それに彼らは、新しい(ローカルの)テレビ契約も得ることができた・・・。その頃の球団がどこにいて、今の球団がどこにいるのか見てほしい」

「このスーパースターのスラッガーの2つの点を、絶対に見て欲しい。それは引き止める力と惹きつける力だ。引き止める力は、(リッキー・)ウィークス、(コリー・)ハート、(ヨバーニ・)ガラルドを見てほしい。彼らはみんな、ミルウォーキーの選手だ。ラインアップの真ん中に彼がいれば、”私は彼と一緒にプレーしたい”ってなる。ジェフ・ケントはバリー・ボンズの後ろでMVPを獲得した。ライアン・ブラウンはフィルダーの前でMVPを獲得した。それが良い例だ」

「(フィルダーの様な選手は)・・・、(ローカルの)TV契約をもたらす。彼は球団の価値を高めてくれる。観客数も増える・・・。これらの選手は、自分自身で稼ぐ。彼らは、大金をもたらす。オーナーたちは、それを解っている。彼らは、手を差し出す。プリンスは、普通のフリーエージェントのようにはいかない。オーナーたちは彼を獲得することで、彼らのチームの既に埋まっているポジションの選手を動かすだろう。彼らにそのポジションの選手がいたとしても、これはフランチャイズプレーヤーを獲得するための動きだ」

ボラスは、フィルダーが個人的に何人かのオーナーと会ったとほのめかしたが、それがどこのオーナーなのか、そのようなミーティングが何回行われたか明かさなかった。マリナーズ、カブス、ナショナルズ、オリオールズ、レンジャーズそしてブルージェイズがフィルダーに興味を持っている。

アルバート・プホールズがエンジェルスと10年、254百万ドルの契約を結んだあと、3週間近くもフィルダーがサインしないのはそのプロセスの長さが一つの理由だとボラスは言った。

「それは少し長くなる。なぜならこれは、オーナーの決断だから」ボラスは言った。「私は、オーナーたちと話をしている。彼らの多くがプリンスに興味を持っている。それには時間がかかる。彼らとは丁重に接しなければならない。こういったプロセスを踏まなければならない」

「プリンスは、全ての範囲をカバーする。(彼が契約するのは、)現在競争力を持っているチームだけではない。ここ数年で競争力をつけるであろうチームともできる。もしこの選手と契約すれば、それはいつも良い投資になる。チームの位置がどこかは関係なくね」

「私の仕事は、これを宣伝することで、プリンスに選択肢を明確にしてあげることだ。彼はこれらの人たちと意見交換をして、彼らのことを知ろうとしている・・・。普通のフリーエージェントの交渉は、電話で連絡を取り合うんだ。いくつかのチームからそれに連絡が来て、それで交渉がまとまる。だけどこれらの状況は、オーナとの交渉なんだ」

ボラスが言っているミーティングと話し合いを持てば、個人的な繋がりがフリーエージェントとオーナーの間でできて、それがしばしば、多くの人が感じる以上に極めて重要であると解って欲しい。

フリーエージェント外野手のジェイソン・ワースとナショナルズのオーナー、テッド・ラーナーが昨年のシーズンオフにもった話し合いは、彼がチームからの7年126百万ドルオファーを受け入れるのに役立った。プホールズがエンジェルスのオーナー、アルテ・モレノともった話し合いは、直接顔を合わせていなくても、彼が決断する助けになった。

フィルダーのミーティングは、ボラスが言うには、この一塁手がオーナーのことを知るのだけでは無く、オーナ達もまた彼のことを知ることになる。

「プリンスは、試合のなかでいろいろな役目を果たす」ボラスは言った。「彼は素晴らしいリーダーだ。多くの人々は、この点についての彼を知らない。彼はミルウォーキーのロッカールームを仕切っていた」

「彼がリーダーシップやチームメイトとの信頼関係についての話をすると、オーナーたちは、驚きの表情になる。それを成功したスラッガーから聞くなんて、予想していなかったんだ」

「バッターボックスにいるその男と、ロッカールームにいるその男は、ぜんぜん違う人間だ。ロッカールームにいるその男は、みんなの代表で誠実で人間を理解する。バッターボックスでは、彼がそこに立てば、文字通り手がつけられない」

「その切り替えができることは、アスリートにとって非常に特別なことだ。感情をコントロールできて、フランチャイズプレーヤーに要求されることをすべてやって・・・、私が見たことのあるスーパースターの中で、性格的に彼は、私が見てきた中でベストだ」

参考記事:Boras taking his time with Fielder deal KEN ROSENTHAL FOXSports.com
http://msn.foxsports.com/mlb/story/prince-fielder-agent-scott-boras-taking-time-finding-right-deal-for-superstar-free-agent-slugger-hot-stove-122811

manny1マニー・ラミレスは、彼が人生で犯した多くの間違いと、彼が変わったことを見せるチャンスが欲しいことを認めた。

ESPNの独占インタビューでラミレスは、ステロイドを使用した事と、今年の4月にファンに説明をせずに引退表明したことを間違いだと言い、肉体的にはここ3年間でベストな状態であると宣言した。

「悪いアドバイスによって下された自分の決定を毎日後悔している」ラミレスは日曜日に、マイアミで言った。「私たちは、人間だ。私たちは、たくさん間違える。私たちは、完璧ではない。誰もが、彼が変わったことを見るチャンスが与えられる」彼は付け加えた。

ラミレスは19シーズンのキャリアで、クリーブランド、ボストン、ロスアンゼルス、シカゴ・ホワイトソックス、タンパベイでプレーし、打率.312、555本塁打、1,831打点、 土曜日にメジャーリーグベースボールの任意引退選手からフリーエージェントに復帰した。このドミニカ人選手は、今年の4月にタンパベイ・レイズに所属していた時、2度目の薬物規定違反で100日間の出場停止処分を受ける代わりに、引退表明をしていた。

「私は悪いアドバイスで、してはいけない決断をしてしまった。私はファンに釈明しなければならない」 彼は7ヶ月前に突然黙って引退したことについて言った。「私の周りには多くの人間がいて、悪いアドバイスを受けていた。私は感情で動いてしまった。だけど私は、その決断をした日からずっと後悔していた」彼は、犯人を特定せずに付け加えた。

メジャーリーグの決定で、ラミレスは再犯者に対する100試合の出場停止の代わりに50日間の出場停止処分を受ける。それはラミレスが、どこかのチームと契約したときから始まる。

12回のオールスターと2004年と2007年のボストン・レッドソックスのワールドシリーズ制覇に貢献した彼は、彼に興味があるチームがあるか、個人的にコンタクトを取っている。 

「もしスカウトが来てくれれば、私がシェイプした姿を見ることになる。私はメジャーリーグ契約が取れると思うけど、そのへんはオープンだ」 彼は、保証されないマイナーリーグ契約を受け入れる可能性について言った。

「再び理想的なコンディションにするために3年かかった。2009年のシカゴでの出場停止とタンパでのそれで、私のメカニクスは、おかしくなってしまった。肉体的には問題無かったけど、精神的にね。野球はメンタルのゲームだ。君が100馬力の車を持っていても、誰かが運転しなければ動かない、それを忘れていた」39才のベテランは言った。「私は、その機会が訪れるのを待っている」彼は言った。

レポーターがラミレスに、もしアメリカ以外の場所、日本や他の場所でプレーする気はあるのかと尋ね、彼は「私たちは労働者で、仕事があればそこに行く必要がある」と言った。MLBの再決定では、ラミレスはドミニカンリーグでプレーすることも可能だ。

ラミレスは、ミルウォーキー・ブリューワーズの外野手ライアン・ブラウンについて言及し、 彼は意見を表明する前に聞くことが重要であると注意を促した。今シーズンのナショナルリーグMVPのブラウンは、ステロイド検査で陽性となり、もしそれが確定すれば50日間の出場停止処分となると土曜日にESPNが伝えた。

「ライアンは素晴らしい選手だ・・・、その情報は、まだ憶測にすぎない。彼は何が起こっているのかを伝えるために、話さなければならない」ラミレスは言った。彼はメジャーリーグの薬物規定違反で2回の出場停止処分を受けている。

「これらの薬物は、良い野球選手になる役には立たないんだ。メジャーリーグにはルールがあって、私たちはそれを尊重しなければならない」ラミレスは言った。彼のキャリアは1993年にクリーブランド・インディアンズで始まった。

10月にラミレスは、1993-94年以来のドミニカンリーグ参加を表明したが、彼がコミッショナーに報告をした際に、メジャーリーグでの処分を受けていないとして、ストップがかけられた。彼はその後、球界への正式な復帰を決意した。

「私は間違いを犯したし、コミッショナーの決定は尊重されるべきだ。私はドミニカでプレーをしたかった。1年を自分の国に捧げて、ファンに私のプレーを見て欲しかった」彼は言った。

グランドを離れても、ラミレスはフロリダ州で裁判を抱えている。彼は妻のジュリアナと口論になった際に、ドメスティックバイオレンスをはたらいたとして、起訴されている。彼は事情聴取で妻を殴ったことは無く、彼は彼女の方を掴み、揺すった時に彼女の頭がベッドのヘッドボードに当たったと話した。二人はその後、和解している。

「私は妻を崇拝している。彼女は私が良い時も悪い時も一緒にいてくれた。彼女はいつも私をサポートしてくれて、私に何でもできるって言ってくれる。ボストンにいたとき以来、彼女は”人はそれを失うまで、それが何かはわからない”と言って私を支えてくれている」ラミレスは言った。

「みんな愛しているぜ、マニーはすぐに戻ってくる」彼はESPNのインタビューの最後に、カメラを通してファンに伝えた。

参考記事:Manny Ramirez seeks another chance By Enrique Rojas ESPN Deportes
http://espn.go.com/mlb/story/_/id/7343801/manny-ramirez-looks-another-chance-following-mlb-reinstatement 

ユウ・ダルビッシュに関する話題は、どんどん増している。25才で長身、投球レパートリーが豊富な右腕という、そうはいない投手が日本ハムファイターズからポスティングされるのだから、理解できる。

ダルビッシュは、 水曜日の入札の締め切りまでに、投手を探している金持ちのチームからたくさんの注目を集めるだろう。その勝者が支払う金額は、5年前のダイスケ・マツザカにボストンが払った総額103百万ドルを上回ると予想される。Dice-Kの入札には51百万ドル、契約には52百万ドルがかかった。なぜなら彼は若かった(26)からだ。そしてダルビッシュもまた、若い。

ダルビッシュの独特の魅力は、日本のマーケットを超えたところでも急上昇しており、メジャーリーグ球団の幹部たちの獲得に対する自信を弱気にさせているように見える。

Latest on Japan's Yu Darvish

今から思えば考えられない事だが、2004年のニューヨーク・メッツは、ショート選手のカズオ・マツイが必要だと考え、実際にホセ・レイエスをセカンドに動かし、彼の場所を作ったのだ。

今週、別の日本のオールスターショート選手、ヒロユキ・ナカジマの交渉権が、2百万ドルでニューヨーク・ヤンキースに落札された。彼を控えで使う計画なのは、明らかだ。

「ナカジマとカズオの日本での成績は、ほぼ同じだ」ロバート・ホワイティングは言った。彼は日本野球と日本人選手についての有名なエキスパートだ。「日本との蜜月が終わったという、明らかな証拠だ」

それは、特に野手については当たっているだろう。最後に本当のインパクトを与えたのはヒデキ・マツイ、彼は9シーズン前にヤンキースでデビューした。 そしてそれは、日本人メジャーリーガーの先駆者とも言えるヒデオ・ノモ以来、短い期間しか成功していない投手にも当てはまる。

わずか数時間前に、ダルビッシュは長い間思い悩んだ末の決断を、彼のブログにアップした。一方、横浜からポスティングにかけられていた、リリーバーのヒロキ・サナダは入札が無かった3人目の選手となったのも事実だ。

最終的には、たとえ一時的だとしても投手のほうが活躍している。マツザカは、レッドソックスでの最初の2シーズンで33勝15敗だった。同じ時期のヒデキ・オカジマも、ボストンブルペンの恐れられる戦力となった。33才でメジャーリーグに来たヒロキ・クロダは4シーズン、ドジャーズのローテーションを守り、114先発で防御率3.45という成績を残した。タカシ・サイトウは、彼の6シーズンのメジャーリーグ生活で4つのチームでポストシーズンのリリーフ登板している。彼は、332試合に登板し防御率が2.83を超えたことが無い。

イチローとヒデキ・マツイ以外の野手は?本当に少しの励ましにしかならない。誰も内野手のタダヒロ・イグチとキャッチャーのケンジ・ジョージマの打率.268を超えたことが無い。パワーが足りない。コウスケ・フクドメは、カブスと4年48百万ドルの契約を結ぶ前4年間の日本のシーズンで101本のホームランを打ったが、メジャーリーグでの4年間では42本のホームランしか打っていない。

「その選手が日本でスーパースターだったのだから、ここでもスーパースターになれると、いつも感じていた。今はそうは言えないけど」ジム・デケットは言った。今はMLBネットワークにいるが、8年前はメッツのGMでカズ・マツイと契約した人物だ。「もっと多くのケースで、買う側は慎重になる。私たちは過去の例を見ていて、それは素晴らしいものではない」

日本人野球選手のメジャーリーグベースボールへの同化は、段階を踏んで着実に行われてきた。

先発投手の先駆者は、(ジャイアンツで1964-65でプレーした、リリーバーのマサノリ・ムラカミは、歴史的なので例外)1995年にドジャースに入団したノモだ。彼の最初の3シーズンの43勝には、ピッチャーには不利なクアーズ・フィールドでのノーヒットノーランが含まれている。

彼にセットアッパー(1997-2001、エンジェルスのシゲトシ・ハセガワは過小評価されている)、クローザー(シアトルのカズヒロ・ササキ2000年のアメリカンリーグ新人賞、2000-02で119セーブ)が続いた。

次に来たのは、スモールベースボールの外野手(2001年のイチロー、最初のレギュラー選手)、そして強打者(ゴジラとして知られる、ヒデキ・マツイ)最後に内野手(カズ・マツイ)、流れの変化が現れたのだ。

カズ・マツイ、日本ではダイナミックでエキサイティングなプレーをしていたが、メジャーリーグでの才能を評価する人たちから、両方の国で成功できる要素があるのかという厳しい目を向け始めた。

メジャーリーグチームが才能のある選手を揃えることは、もっとも大きなハードルだ。それも疑いようがなく、野球なのだ。

「日本で選手を評価しようとしても、彼らは日によって同じではないんだ」ある環太平洋地区担当スカウトの言葉だ。「ここで投げるのは、日本で投げるのより数段難しい。日本でのトップクラスのリリーフ投手はここでは、中継ぎ投手になる」

また試合のペースと心構えも違う。

「日本の野球は、アグレッシブではない」ホワイティングが指摘した。「ブラッシングボールや、打者に対する報復投球、ベース上での交錯プレーは滅多に見られない。日本人内野手は、より厳しいアメリカの試合で怖がっているように見える。(カズ・)マツイは、内角の速球やダブルプレーを崩すために、スパイクを高く上げて滑りこんでくるランナーを恐れているように見えた。(ツヨシ・)ニシオカはダブルプレーでの身のこなし方を知らなかった」

ホワイティングは1年前にポスティングフィーと3年契約にツインズが15百万ドルを使って獲得したゴールドグローブの首位打者に言及した。ニシオカは68試合で打率.226、千葉ロッテにいた2010年より120ポイントも下回り、ヤンキースのニック・スイッシャーのスライディングを避けきれず、2ヶ月ほど左足の骨折で故障者リスト入りもした。

「適応するのは大変だ。全てにおいてね」ホワイティングは続けた。「選手は30もの違った球場を覚えなければならないし、審判も違うし、ストライクゾーンも違う。打者は、30の違う投手陣を学ばなければならない。投手は、30の違うバッティングオーダーを学ばなければならない」

試合の違いのショックと共にカルチャーショックもある。それは、伝統を大切にする日本から来た選手にとって小さなことではない。

「カズとそのことについて話した時のことを覚えている」デケットは言った。「 彼は、遠征が本当に疲れると言っていた。日本ではバス移動があまりなく、私たちがしているような変な時間に、飛行機に乗ったりしない」

「食事も違う、言葉も違う。選手は体調を保つことができても、精神的な適応ができない場合がある」ホワイティングは続けた。「選手が実際に行って挑戦するまでは、メジャーに適応できるかなんて誰にも解らない」

それはダルビッシュのような、魅力的なプロスペクトも同じだ。メジャーリーグの才能を見る達人は、数年に渡って注目し続けるだろう。

「彼は素晴らしい選手だ」ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMは言った。彼は入札するだろうと言われている。「しかし他の人と同じように、どうやって適応するかを言うのは難しい。私も推測はしたくない」

金額を決めて、入札をして、そして勝利したチームが、ダルビッシュと代理人のダン・ノムラとの30日間の独占交渉権をつかむことができる。

参考記事:Darvish's appeal rises above recent shift By Tom Singer / MLB.com | 12/09/11 10:00 AM EST
http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20111209&content_id=26135130&vkey=news_mlb&c_id=mlb

yu-darvish-reuters2ボストン・レッドソックスが、ダイスケ・マツザカと2007年から始まる6年契約を結んだとき、51百万ドルのポスティングフィーを含む101百万ドルを費やした。その時、彼らは三年目の壁の心配をしていた。ボストンのアナリストが分析した所、日本プロ野球からきた投手のほとんどは、メジャーリーグに来てから三年目に、明らかにパフォーマンスが低下するのだ。

レッドソックスは、登板間隔が短くなり、シーズンを通してよりパワフルな打線と対戦すること、野球、球場、トレーニングメニュー、街、遠征、文化、同じものが一つとして無い事を危惧していた。

なのでレッドソックスは、全てにおいてマツザカを甘やかしたのだ。彼らは、トレード拒否権、フィジカルセラピスト、マッサージセラピスト、通訳、メディア担当者、年8回のボストン-東京間のファーストクラスチケット、年100,000ドルの住宅手当、車、フェンウェイパークのボックスシート、そして日本の伝統的エースナンバーである18番のユニフォームを彼に与えた。彼らはまた、彼に必要な休みも与えた。2007年と2008年に61試合に先発したマツザカは、うち35回を6日か7日間隔で投げた。それは57%にもなる。

これだけの事をしたにも拘わらず、マツザカは壁にぶつかった。最初の2シーズンのマツザカは、33勝15敗、防御率3.72だった。しかし3年目以降、彼は肩、股関節、肘の故障に見舞われ、16勝15敗、防御率5.03という成績だった。 彼はトミー・ジョン手術を受け、来シーズンの後半まで投げられそうにない。

NPB選手はどうすれば、再びフリーエージェントシーズンの重要な一部分として、かけた費用と同じだけの価値を持つメジャーリーガーに変わることが出来るのだろうか。今シーズンオフ、半ダーズ以上の日本人選手が、フリーエージェントかポスティングシステムによって、メジャーリーグに来ることが予想される。ポスティングシステムは、選手との独占交渉権を得るために、非公開で入札を行う。最も注目されるのは、日本ハム・ファイターズの右腕ユウ・ダルビッシュだ。もちろんチームがポスティングを受け入れればの話だ。

レンジャーズのサド・レビンGM補佐は言った。「先発投手たちについて事実が示しているのは、2年成功したあと急激にパフォーマンスが低下して、そして消えていくということだ。リリーバーの多くが、すぐに成功して長く活躍しているのに」

16年前ヒデオ・ノモがメジャーリーグデビューし、日本球界からメジャーリーグに来る選手の先駆けとなった。43人の選手が、ノモを追ってやってきた。3人の選手(イチロー・スズキ、ヒデキ・マツイ、カズ・ササキ)が、2回以上オールスターに選ばれている。そして11人が、現役のメジャーリーガーだ。その中には、最も最近メジャーに来て打率.226、0本塁打と適応に苦労しているミネソタ・ツインズのツヨシ・ニシオカも含まれている。

ノモも3年目の壁にぶつかった。彼は最初の2シーズンで29勝17敗、防御率2.90を記録したが3年目は防御率4.25だった。彼は4年目にトレードされ、次の年は自由契約になった。彼が本格的にカムバックするまで、数チームを渡り歩いた。彼が壁にぶつかったあとの防御率は4.61だった。

1995年から ノモを含めて 9人のNPB出身先発投手がメジャーリーグでプレーして、40回先発している。メジャーリーグをドジャース一筋で過ごし、現在はフリーエージェントのヒロキ・クロダ(防御率3・45)を除いた彼らのキャリア防御率は4.24~5.72の間だ。それには、僅かしか先発していない、ケイ・イガワとジュンイチ・タザワは入っていない。

「君たちは、ここで素晴らしい活躍をした選手たちがいるのを知っているじゃないか」ドジャースのネッド・コレッティGMは言った。「ここに来た何人かは平均ぐらいで、何人かは平均を下回った。プロスペクトと似ている。それは基本的にいつでもケースバイケースなんだ。ただ私たちが知っているのは、スケジュールの進み方が違うこと。もちろん、野手か投手かでも違う」

クロダの成功の一部は、彼が違う文化に適応する努力をしたからだとコレッティは信じている。クロダはすぐに、家族と住む家を南カリフォルニアに用意し、子供たちを英語を話す学校に通わせた。

「彼のために、早めに調整期間を取った」コレッティは言った。「彼を休ませるチャンスがあれば、そうした」

「私たちは長いこと、アジアで仕事をしてきた。そして選手のためのサポートシステムが重要であることが解った。クロダはここに来たとき、それについての期待と不安があった。彼はここに、ただ投げるだけに来たのではなく、新しい国に家族も連れてきた。それは彼だけの希望ではなく、彼の家族の希望でもあったんだ」

「しようとしているのは、変化を管理する様なことだ。プロセスとしてそうする気があるのなら、それが変化なんだと解らなければならない。例えばだけど、彼がやり過ぎないように見ておかないと、そして適応させる。変えることができず、ただ投げさせるだけなら、その選手の実力を発揮させることなんかできない。もしマイナーリーガーがここに上がってきたら、慣れるまで時間を与えるだろう。それと同じだ。だから私たちは最初から、変化することを大切にしてきた」

コレッティは、ドジャーズでのクロダの一年目が終わった後、彼が日本で行なっていた練習を取り入れ始めて、それがメジャーの基準に合うのかを検討した。例えば、クロダはいつもしている冬季練習について”始めるのが、遅すぎると言った。だから今は、もっと早くから始めている。” 

レビンは、文化の違いに完全に適応すれば、メジャーで成功するチャンスが広がると解っている。

「今まで4人の(日本人)投手がいた。私たちは一緒に仕事をした」レビンは言った。「彼らが成功するためには、もっとクラブハウスに馴染むように、努力する事だと思う。そこにいる選手たちは、言葉を学ぶことにも良い影響を与えるし、いつも同じ仲間とだけいるよりも成功すると思う」

「一般的に、(先発投手の)パフォーマンスの低下は、とても激しい。それは一般的なリリーフ投手とほとんど同じだ。彼らのキャリアは3年サイクルだ。2,3年は良いけど、それでほとんど終わりになる。良い投球をする何人かの選手は、2,3年を越えても良い投球が出来ると思う」

メジャーリーグのチームは、より情報を集めているにも拘わらず、より成功するNPB選手を見つけていないようだ。2006年のシーズン後にヤンキースがケイ・イガワと契約したとき、簡単にいえば彼らは第一印象に頼っていた。今ヤンキースは、多角的にNPB選手を見るために、多くのリソースを、調査に費やしている。

「彼らを調査するために、そこに置くスカウトを増やし始めたところだ」ヤンキースのデーモン・オッペンハイマーGM補佐は言った。「彼らがメジャーリーグレベルになれるかの結論が出ると思う。もっと注意深くね」

なぜNPB投手が、メジャーで成功するのが難しいのかと聞いたとき、オッペンハイマーは言った。「その答えは判らない。私はメジャーリーグレベルの選手を見てきた。彼らは、良いストライクを投げる。彼らのストライクゾーンはすこし広いかもしれない。でもそれが根本的な問題ではないと思う。私には本当に大きな違いが判らない。それが問題だ。私には能力の違いとも思えないし、コントロールも違わない。おそらくウォーミングアップやブルペンで、多く投げすぎているんじゃないかな。・・・答えは、判らない」

ダルビッシュに加えて、ヤクルト・スワローズの左打者、3回首位打者になり、1月に30才になるノリチカ・アオキ。昨年ポスティングでオークランドが19.1百万ドルで落札したが、契約には至らなかった右腕のヒサシ・イワクマ。34才のフリーエージェント右腕のシノブ・フクハラ。26才の右腕 ウェイン・チェンらが獲得可能になると言われている。 

アオキのプレースタイルは、よくスズキと比較される。しかし彼はそれほどインパクトの有る選手ではない。スズキとマツイ以外のNPBからきた多くの野手は、メジャーリーガーとして多額の投資をしたにも拘わらず、その効果はもう一つだ。内野手のカズ・マツイ(3年、20.1百万ドル)、キャッチャーのケンジ・ジョージマ(3年、24百万ドル)、外野手のコウスケ・フクドメ(4年48百万ドル)、そしてニシオカ(3年9.25百万ドル)らだ。

ある評論家は、これらの選手の悲惨な成績が、NPB選手に対するそのチームの評価となり、日本でプレーする選手の評価につながっていると言った。曰く「もし君がレギュラーでプレーする選手を見ても、彼らを第4の外野手か、ユーティリティプレーヤーが良いところだと思うだろう。彼らが、そこでポジションを与えられて、それが私たちにフィットしていると思えても、グレードダウンになる」

オッペンハイマーは、「そこにいるエリート中のエリートは依然として素晴らしい。イチローは、他の誰よりも良かった。マツイについても、言うまでもないだろう。肉体的にも、彼は強かった。これらの選手は、日本でも最高だったし、ここでも活躍している」と言った。

16年間にわたる日本からアメリカへの適応の歴史は、ダルビッシュのマーケットにどんな影響を与えるのだろう?それは簡単ではない。ある球団幹部の評価では、ダルビッシュは先発二番手の投手だ。他の意見は、「ローテーションのトップから真ん中辺りの投手である。彼には適応の問題を乗り越えられる大きくて強靭な肉体、そして年齢がある。そしてもし今年、彼が来るのならば、マーケットにいる他の先発投手と彼は明らかに違う。激しい争奪戦になるだろう」

ダルビッシュは、大きなストライドでスリークォーターから、90マイル半ばのファストボール、鋭い変化のスライダーやカッター、カーブボール、そしてチェンジアップを投げる。彼の素晴らしいコントロールは、1イニング当たり一人以上を三振に取り、ホームランを打たれることは稀だ。彼は投げる時に僅かに”手首を曲げて"ボールを体の後ろに隠す。彼の印象的な投球フォームは、デビッド・コーンの背を高くした感じだ。他の日本人投手と同じく、たまに長い回を投げたり、登板間隔を開けたりする。2010年に彼が一人で140球以上投げたのは9試合、ここ9年のどのメジャーリーガーよりも多い。今年、彼が140球を投げたのは1回だけだが、120球を15回投げている。2005年のリバン・ヘルナンデス以来、シーズンで15回も120球を投げたメジャーリーガーはいない。

ダルビッシュのポスティングフィーは、イワクマの19.1百万ドルからマツザカの51百万ドルが参考だが、Dice-Kのほうにより近いだろう。

他の球団幹部に、もしNPB選手の歴史を考えれば、ダルビッシュの価値は下がるのだろうかと尋ねたとき、彼はこう答えた。「明らかにノーだ。競争が厳しいマーケットでは、人々は歴史に目を瞑るか、この男が規格外である、この男は私達が知っている全ての他の選手より有能だって信じることなんだ。それは、全てのフリーエージェントにも当てはまる。選手の価値には二種類ある。我々が彼の正しい価値と呼んでいるもの、彼の本当の価値だ。そして彼がオープンマーケットで得るだろうと我々が考えるもの。この二つは、とても違うものになる傾向がある」

参考記事:Lack of success by Japanese stars opens debate about next wave Tom Verducci  INSIDE BASEBALL  SI.com
http://sportsillustrated.cnn.com/2011/writers/tom_verducci/11/15/japanese.players.yu.darvish/index.html?eref=writers  

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