電話の向こう側のトム・シーバーは、ナパバレーにある彼のワイナリーのぶどう畑を歩きながら話していた。田中将大に興味を持っている彼は、田中の身長を知りたがり、田中の信じられないくらいのコントロールについて、話したがっていた。

「彼の三振四球比は?」3度のサイ・ヤング賞に輝いた彼が聞いた。
 
それは、シーバーのキャリアベストの4.74を上回る7.06だと伝えると、シーバーは声を失った。「ワォ」そのメッツの名投手は言った。「ワォ」

確かに、ワォだ。

素晴らしいシーズンを送っているヤンキースのエース田中だが、もし彼がそれを続けることができれば、球史に残るものになるだろう。メジャー1年目の田中に対して渦巻いていた疑問、それは新しいリーグ、新しい文化、そして新しい生活に適応できるのかというものだった。疑問は、まだある。しかしそれは、 彼の鋭いスプリッターの動きと同じように変わった。

今の疑問は、彼がいなかったらヤンキースはどうなっていたのだろうか? 彼は、オールスターで先発するのか? 彼はニューヨークで最高のシーズンを送り、この街に12個目となるサイ・ヤング賞をもたらしてくれるのだろうか? 彼はア・リーグMVPになれるのだろうか? である。

私たちは、歴史が創られるのを見ているのだろうか?

ヤンキースタジアムで日曜日に行われるオールドタイマーズデーのオリオールズ戦に先発する田中は、11勝1敗、防御率1.99である。彼は、勝利数と防御率でア・リーグトップを走っており、成績分析サイトによれば、WAR(3.9)と他の複数のカテゴリでトップにいる。

現在の田中の奪三振率10.2を上回るニューヨーカーは、1984年のドワイト・グッデン(11.39)、そして1997年のデビッド・コーン(10.25)だけである。田中よりも良い三振四球比を持つのは、1994年のブレッド・セイバーヘイゲン(11.0)だけた。彼のWHIP(0.953)は'85年のグッデンより良く、左腕のロン・ギドリーが最高のシーズンを送った1978年の0.946よりもわずかに低いだけである。

最高の打者の1人であるアルバート・プホルスは、今シーズン始めに田中と対戦した後に、ヤンキースのトニー・ペーニャ・ベンチコーチに話した。「プホルスは、彼のスプリッターは消えるって言っていた」ペーニャは、思い出して言った。「素晴らしい打者が、そのようなコメントを言う時は、何か素晴らしいものを持っているってことだ」

もし田中が、ア・リーグ・サイ・ヤング賞に選出されれば、2012年のR.A.ディッキー以来のニューヨークの投手となり、2001年のロジャー・クレメンス以来のヤンキース投手となる。そして少なくとも今年の田中は、他の投手と比較した時に、時代を超えた議論を巻き起こすだろう。他の投手とは、1910年のヤンキースで26勝6敗、防御率1.65を記録したラス・フォード、そして1961年のヤンキースで25勝4敗、防御率3.21を記録したホワイティ・フォードといった選手たちである。

 1985年に24勝4敗、防御率1.53を記録したグッデンは、田中がメッツを4安打でシャットアウトした5月14日にシティ・フィールドのバックネット裏の席にいた。投手を観察するのが好きなグッデンは、その夜に目にしたもので、田中の先発のすべてを見たいと思うようになった。

「今年は、とても特別な年になるかもしれない」グッデンは言う。1985年に球史に残るシーズンを送った彼は、新人だった'84年に17勝9敗、防御率2.60を記録した。「シーズンは長いし、いろいろなことが起こる。だけど彼が、その投球方法から言って急激に悪くなるとは思えない。彼には、たくさんの球種がある」

「彼は、私たちがずっと待っていたような、最高のシーズンを送ることができると思う」

田中は、ジャック・チェスブロの不滅の41勝を超えることはできないだろう。40勝だという意見もあるが、それは1904年のニューヨーク・ハイランダース、後のヤンキースで記録された。クリスティ・マシューソンの1908年の37勝11敗を含む4度の30勝もまた、非現実的である。野球は、大きく変わった。

しかし田中が、1978年のギドリーの25勝3敗、防御率1.74、あるいは1956年にナ・リーグMVPとサイ・ヤング賞を同時受賞したドン・ニューカムに匹敵する可能性はあるだろうか?

田中は、シーバーがベストだったと言う1971年のその殿堂入り投手に、近づくことができるだろうか? その年のシーバーは、20勝10敗、防御率1.76、キャリアベストの289奪三振を記録したが、サイ・ヤング賞には選ばれなかった。「投球の面から見ると、25勝した1969年よりも、良い年だった」シーバーは言う。

「私の三振四球比が、嫌われたんだ」シーバーは、付け加えた。その年は、4.74だった。現在2.32の田中のそれは、嫌われることはないだろう。

グッデン、ギドリー、そしてメッツでサイ・ヤング賞を獲った年に20勝6敗、防御率2.73、230奪三振を記録したディッキーには、素晴らしいシーズンを送っている中で、届く可能性が残っている。

まず初めに、先発の間隔が長く感じると思うとグッデンは言う。「調子が良いと、それが2週間くらいに感じるんだ」

「私が投げた夜っていうのは、私が主役で、良い投球をすることを心がけた」グッデンは続けた。「(キャッチャーだった)グレイ(・カーター)は、重要な存在だった。彼は、私が圧倒することを望んだし、それが私の目標だった。勝つだけではなく、圧倒することがね」

「相手は、そのシーズンの私のことを分かっていたから、気合を入れてきていたよ」

「私のシーズンとの比較するを耳にすると、例えば昨年の(メッツのマット・)ハービーとか今年の田中とかだけど、それを耳にするのは嬉しいよ。私は殿堂入りしたかったけど、それは叶わなかった。だけど私は、多くのことを成し遂げた。30年も経ってから彼らと比較されるのは、私が送ったキャリアが素晴らしいものだったと、私に教えてくれるんだ」

そんなに凄いことが起こっているのに、周りがそれを適切に評価するのは難しいことを、ディッキーは覚えている。

メッツのサンディ・アルダーソンGMは、かつて彼に「ヘイ、楽しいだろ。楽しんでくれよ」と言った。

「その時に僕は"彼は何を言っているんだ?" って思ったよ。楽しいに決まっているじゃないか」ディッキーは言う。

「だけど次の試合があるから、本当に喜ぶことはできないんだ。その点では、野球は厳しいから、本当に喜ぶことができるのは、シーズンが終わって、それを思い出せるようになってからだね。だけどその瞬間っていうのも、長くは続かないんだ」

「田中は、次の登板のことについて考えていると思うよ。"ヘイ、僕は良い結果を残しているから、サイ・ヤング賞が獲れるかもしれない"ではなくてね」

'78年シーズンの始めにギドリーは、チームメイトが「私を見る目が変わって、みんながそれを一緒に続けよう」としていたことに気がついたと言う。「いまテレビで田中を見ていると、同じように見えるんだ」

グッデンは、2人がヤンキースにいた時に、ギドリーのことを知ることができた。あるスプリング・トレーニングで彼らは、湯気の立つギドリーの自家製スープ越しに彼らの素晴らしいシーズンについて、語り合った。「その年のすべての試合で、絶好調に感じていたって、彼は言っていた」グッデンは言う。「そして調子が悪いと感じても、数イニング投げれば、ベストな状態に持っていけるって思っていたとも話していた」

田中は、ほぼシーズンを通して好調を保っている。そして彼は、完投については、新しい記録を作れないかもしれない。ギドリーとグッデンは、ベストシーズンに16度もそれをしている。あるいは、シーズンでの投球イニング数も難しいだろうが、先発した14回のすべてがクオリティー・スタートで、それはメジャーで最長である。ヤンキースは、それらの試合で12勝2敗だ。

そして彼は、1シーズンの有名人に加わることができるのか? 「まだそれが起こっていないのに、この先に何が起こるのかを言うのは難しい。誰にもわからないから」ギドリーは言う。

「だけど今の私が見ているものからすると、彼はそれをする道を順調に進んでいる」

「私は、グッデンとは少し意見が違う。今から3か月間に何が起こるのか。彼はそれを続けることができる? シーズンは、半分も終わっていない」シーバーは続けた。

「だけど彼は、自分が何をしているのかを、知っておかなくてはならない」

参考:NEW YORK DAILY NEWS