マイケル・ピネダが2人目の父親と呼ぶ男は、ピネダがマリナーズにいた頃にも稀に松ヤニを使っていたこと、そして今シーズン4月のヤンキースでのドタバタ劇を乗り越えるだろうと語った。
 
「彼は、大丈夫だと思うよ」ハイミー・ナバーロは土曜日、電話インタビューに応えた。

47歳のナバーロは、現在シアトルの3Aタコマ・レイニアーズでブルペンコーチを務めている。彼とピネダが会ったのは、2005年にドミニカから出てきたピネダとマリナーズが契約した時だった。元メジャーリーガーのナバーロと彼は親しくなり、ヘスス・モンテーロともう一人のマイナーリーグ選手とのトレードでヤンキースに移籍するまでのマイナーからメジャーまで、ほとんどすべての時間でピネダの面倒を見てきた。

ピネダによれば、2人は今でも頻繁に連絡を取っており、彼はナバーロを「アメリカの父親」と呼び、彼がしてきてくれたすべてのことに感謝している。

2014年に復活を期していたピネダは、その前に足踏みをすることになった。

ピネダは、2012年と2013年のほとんどを休むことになった肩の手術からの完全復活を証明した。彼は、スプリング・トレーニングでヤンキースの先発5番手争った4人の中で勝利した。その後のピネダは、95マイルのファストボールと鋭いスライダーで、2勝2敗、防御率1.82と好調なスタートを切っていた。

しかしピネダは、レッドソック戦で2度、マウンド上で松ヤニを使用していたことが指摘された。2度目の時に彼は退場処分となり、10試合の出場停止処分は火曜日に終わった。しかし復帰をする代わりにピネダは、15日間の故障者リスト入りした。出場停止中の体調を整えるために登板したシミュレーション・ゲームで、背中の筋肉を痛めたからだった。

先週ピネダは、そのケガについて心配していないと発言していた。

「すぐに戻ってくる」彼は言った。

ナバーロは、ピネダが復活することについて心配は要らないと語った。その自信は、ピネダとナバーロの長年の付き合いからくるものである。

「私たちは、1日目から強い信頼関係を持っているから」

ナバーロは、ピネダが1Aウィスコンシンに合流した直後から、彼を自宅に住まわせていた。ナバーロはピネダに、最初の英語とスペイン語の辞書を買い与えた。彼はピネダに、アメリカ社会について教えた。彼はピネダに、メジャーに行くには、どれくらい厳しい練習をしなければならないのかを見せた。

それができたのは、ナバーロ自身に経験があったからだった。プエルトリコ生まれのナバーロは、リリーフ投手としてブルワーズ、ホワイトソックス、カブス、そしてインディアンスで12シーズン、メジャーに在籍した。

ナバーロはすぐに、ピネダが近い将来に戦力なるだろうと思った。

「初めて会った時の彼はとても若かったけど、大きな少年だった。6フィート8インチで245ポンドあった。良い体格だ。体も丈夫だったし、彼は投げ方を知っていた」

彼は正しかった。マイナーを順調に駆け抜けたピネダは、2011年のマリナーズで好調なスタートを切り、オールスターに選出された。当時のピネダは、ナバーロによれは、何にも頼ることなく打者をアウトにしていた。しかし当時も現在も、寒い時にピネダは、少量の松ヤニを使うことがあった。それは滑りやすいボールをグリップするためだけであり、ホームベースまでの軌道を不自然に変えるためではない。

「彼は時折、それを使っていた。だけどそんなに多くない。それはニューヨークとボストンだったって覚えているだろ。気温が低いし、選手の中には、ロジンバッグを使うのを好まないのもいるんだ。彼は、試合を変えようとしたんじゃない、ボールの感じをつかもうとしただけだ」

ピネダは出場停止になったが、複数の投手は、マウンド上で何かしらの物質を使うと語り、そしてヤンキースのジョー・ジラルディ監督は、グリップと助けるためだけに、マウンド上でロジン以外の新しい物質の使用を投手に認めるべきだとMLBに提案すると語った。

ジラルディは、松ヤニを使わないピネダの投球を心配していないと語り、ナバーロはそれに同意した。

「そのことは、何も心配していない。何年もかけて、彼は立派な男になった。私は彼に、物事を行なう方法と自分自身をどの様にケアすれば良いのかを見せてきた。彼は精神的にもしっかりと準備して来るだろうし、この先も大丈夫だ」

ナバーロはまた、一度はキャリアを脅かすと思われたケガを耐え忍んだピネダは、今回のケガからの復帰も問題ないだろうと語った。

「彼が戻ってくる時は、注目だよ」ナバーロは言った。「彼はベストな状態で、戻ってくるだろうからね」

参考:NJ.com