月曜日、ミニッツメイド・パークのビジター側クラブハウスから出てきた黒田博樹は、3つのリングの白いバインダーを小脇に抱えていた。そのノートの中身は、メジャーリーグ最後の年になるかもしれない黒田の初先発を前に、ほとんど何も書かれていない。しかし彼はシーズンが進むに連れて、その中を情報でいっぱいにする予定で、それは彼が、メジャーリーグ史上最も相手に苦痛を与える日本人先発投手になる過程で必要なものである。

ヤンキースが1月に契約した優秀な日本人投手、田中将大にすべての注目が集まる中で黒田は、記録しておくべきことを静かにまとめるという彼の仕事を、整然と続けている。メジャーで450イニング以上を投げた日本人投手の中で、黒田は最も優秀な防御率3.40を記録している。彼の68勝と840奪三振は、野茂英雄についで2位だが、野茂と違うのは、黒田には悪いシーズンがないことである。

その素晴らしい実績は毎日の準備の賜物であり、そのルーチンの1つは、外側にヤンキースのロゴと背番号の18番が印刷された白いノートに書き込むことである。シーズンが終わった時にそれは、彼が対戦したすべての打者の膨大なスカウティングレポートになるのだ。水曜日の先発が予定されている黒田が、似たような記録をつけはじめたのは、ロサンゼルス・ドジャースに入団した2008年のことだった。その時以来、彼は毎年、何も書かれていないノートから始め、それは徐々に埋められていく。

「新しくスタートするのが好きなんで」39歳の黒田は、通訳のジゥオン・バンを通じて語った。「だから毎年、空のノートなんです」

昨シーズン終盤に陥ったような不調を避けなくてはならない黒田にとって、新しいスタートは、とても重要なことである。昨年の彼は、8月まではヤンキースで一番の先発投手だったが、最後の8先発では、0勝6敗、防御率6.56と落ち込んだ。後に彼は、シーズンの終盤になって消耗していたことを認めた。

選手たちは長年、スカウト帳を利用していた。打者たちは、特定の状況で投手が何を投げてきたのかを記録し、投手たちは、それぞれの打者と対戦した時の結果を書き記す。黒田の場合は、情報のほとんどは、ヤンキースの膨大なスカウティングレポートからのもので、それには詳細な状況を積み重ねた莫大な情報が含まれている。

黒田は、いくつかは彼自身のものであるその情報を利用しており、そして思い出しやすいようにするために、ノートに書き込みをしている。その書き記すという行為の繰り返しが、彼の記憶に刻みこむことに役立っており、それが最も必要になったときに、彼はそれを思い出すことができるのだ。

中を見せて欲しいと記者に要望された黒田は、それを丁寧に断った。その内容は、秘密なのである。

「これは、僕が準備するのに必要なものですから。それに試合中にマウンドにいる時も、思い出すのに役立ちます。何を投げるのが一番良いのかを判断する基準を、僕に与えてくれます」

グラフィック・デザイナーの役目をしてくれるバンの助けを借りて黒田は、バインダーの中でそれぞれのチームをしっかりと分けて、チーム毎にしっかりと見出しを付けている。そして彼は、それぞれの選手のストライクゾーンを表す格子状のチャートを付けている。予定された先発の前のいつかの時点で、彼はそのチャートの空いている部分を埋めるために部屋にこもり、選手が左打者なのか、右打者なのか、あるいはスイッチヒッターなのかを分けて、人の絵の横にストライクゾーンを書き込むのである。彼は水曜日の試合のためのこの準備を、火曜日に始めた。

黒田がこのスカウト帳を始めたのは米国に来てからで、それは馴染みの無い打者たちを勉強するためだった。日本には12球団しかないため、それらを覚えておくことは比較的簡単なことだったのだ。シーズンが終わった時には、彼の書き込みでいっぱいになったそのノートは、ロサンゼルスにある彼の自宅のクローゼットにしまい込まれる。そして翌年の彼は、新しいノートでスタートするのである。

いつもと同じように黒田は、今年が最後のシーズンになるといった発表はしていない。それぞれのシーズンに対する彼のスタンスは、もしかしたらこれが、最後になるかもしれない、そしてシーズンが終わってからそれを決めるというものである。今シーズンの違うことは、7年155百万ドルの契約で、2つの国のメディアから注目されている田中が彼と共にローテーションにいることで、黒田の影が薄くなっていることである。しかし黒田は、彼がいくぶん忘れられていることに腹を立てていなければ、彼はまだそこにいることを人々に思いださせることをモチベーションにしていない。

「僕がここにいますって、みんなに見せるためだけに野球をすることはありません。もしシーズンが上手く行って、みんながそれを評価してくれるのなら、それは嬉しいですけどね。だけど僕は、自分の野球人生を、そういうふうには見ていませんから」

黒田は、注目が足りないという彼の気持ちをしぶしぶ明かすくらいなら、それを明かさないのである。結局のところ、彼は秘密主義なのだ。

参考:The NewYork Times