アリゾナ・ダイヤモンドバックスのキャッチャー、ミゲル・モンテーロは、数年前のことを思い出していた。当時ピッツバーグ・パイレーツにいたホセ・バティスタと話をしていた彼は、彼の横にいるブロンドの選手に気がついた。そして彼は、自己紹介をした。
 
"Mucho gusto" ー 会えて光栄です。ネイト・マクロースは、完璧なスペイン語で、挨拶を返した。

驚いたモンテーロは、彼にどこから来たのかをたずねた。するとマクロースは、再びスペイン語で応えた。「ドミニカの、シバオです」 

「僕は驚いて"シバオなの? 本当に!"って」今年のスプリング・トレーニングが始まった頃に、モンテーロは語った。「そうしたら彼は、"冗談だよ。僕はアメリカ人"って笑いながら言ったんだ。"えっ、そうなの"って、僕はぶったまげたよ」

メジャーリーグの4分の1、そしてマイナーリーガーの40%が、ラテンアメリカの国々からやってきている中でマクロースは、ヒスパニック系でない選手の中で、スペイン語を流暢に話す珍しい選手である。

「スペイン語を話せることには、本当に助けられている」現在は、ワシントン・ナショナルズの外野手を務めるマクロースは、スペイン語で行われたインタビューで語った。「ラテン系の選手が英語で話すこと、そしてアメリカ人がスペイン語を学ぶことは、とても重要なんだ」

マクロースのスペイン語の習熟度は、彼のアクセントがドミニカ訛りであっても、特別である。しかしそれは、彼だけではない。

ロザンゼルス・エンゼルスのC.J.ウィルソン、オークランド・アスレチックスのA.J.グリフィン、エンゼルス入りに挑んでいるブレナン・ボッシュらのメジャーリーガーも、スペイン語でインタビューに応じることができる程に十分なスペイン語を話す。

カンサスシティ・ロイヤルズの先発ジェレミー・ガスリーは、スペインでのモルモン教布教で、その言葉を学んだ。そしてシンシナティの強打者ジョーイ・ボットーは、チームメイトとのコミュニケーションを良くするために、スペイン語の先生を3年間雇った。

「僕にとっては、クラブハウスで良い人間になるための、素晴らしいツールなんだ。可能な時は、隙間を埋めることができるから」と語るのは、スペイン系の高校に通い、バイリンガルの母親をもつボッシュである。「そのことで、彼らのガードを下げることができるし、なんて言ったって楽しいよ。みんなは、他の文化から来ることの難しさを理解していないんだ」

新しく来た人たちにとっての日常的な挑戦は、彼らのほとんどが最初にやってくるマイナーの下部では特に、レストランでの注文である。しかしそれは、アメリカ人の選手が彼らを助けにこない、ほとんど唯一の場所でもある。

バージニア州の1Aリンチバーグでプレーをしていたマクロースは一度、チームメイトの赤ちゃんの病気に付き添って、病院で通訳をしたことがあった。

ウィルソンは、車を買う時と同様に、家を探す時や彼らが労使協定を理解するなどのいろいろな時に、手を貸している。彼の語学スキルは、新しいチームメイトを歓迎するのに役立っている。

「これは、大きなことだよ。ラテン系の選手は、誰もしらないところに来て、そして誰も信用できないんだから。もし彼らと会話ができれば、すぐにチームと彼の間に、少しの繋がりを作ることができる」


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彼は欧米人に見える 

ウィルソン、グリフィン、そしてボッシュが南カリフォルニアで成長しながら普通にスペイン語に接していた一方で、マクロースは、ミシガン州ホワイトホールの高校に3年間通うようになるまで、ほとんどスペイン語を知らなかった。

2000年にピッツバーグにドラフトされたマクロースは、ノースキャロライナの1Aヒッコリーで、3人のドミニカ人とルームメイトになった。

「その年の僕は、ライスをたくさん食べたよ」マクロースは、微笑みながら語った。

そして彼は勉強を続け、語学スキルの向上を図った。それはマクロースが、2005年にドミニカの冬季リーグでプレーした時に役立った。彼は、その時までに覚えたその言葉を流暢に操り、地元の人たちをいつも驚かせていた。

その時の、一般的な反応は?

「彼は、ドミニカ人には見えないな」マクロースは、思い出していた。「彼は、欧米人に見えるけど」

 マクロースは、現在は野球のクラブハウスでは一般的になったラテン語が母国語の選手たちのグループと、別け隔てなく交流する欧米人選手の1人である。

キューバ人外野手のヘンリー・ウルティアがメジャーにコールアップされた昨年の7月に、ボルチモア・オリオールズの中で初めて会ったのがマクロースで、そのベテラン選手は、彼と友人になった。

「彼はスペイン語で、僕たちと何時間も話したんだ」限られた英語を伸ばそうと努力をしているウルティアは語った。「他のたくさんのアメリカ人選手たちとも、同じ経験をしたいと思っているんだけど、言葉の壁がそれを遠ざけている」

スペイン語を学ぶことの恩恵は、お互いにある。

ボッシュは、デトロイト・タイガースで、外野手のマグリオ・オルドネスとチームメイトだった。キャリア打率.309を誇ったオルドネスは、ボッシュによれば、彼のキャリアにもっとも影響を与えた選手である。

1997年からメジャーでプレーしていたオルドネスでさえ、打撃理論を語る時は、英語よりもスペイン語を使っていた。

「彼の近くにいる時は、打席に立つ時と同じくらい楽しかった」ボッシュは語った。「彼の打撃能力に、並ぶ人はいない。彼とスペイン語で話すことができたのは、大きなアドバンテージだったね」

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時代の変化

昨シーズンのワールドシリーズMVPで、球界の代表的な親善大使の1人であるデビッド・オルティスは、今日の球界で、スペイン系選手への偏見が少なくなっていることに気がついていた。

「俺がここに来た時は、クラブハウスとかいろんなところで、たくさんの人たちが、そのことに腹を立てていたんだ」1994年からマイナーリーグのキャリアが始まり、1997年にデビューしたオルティスは言った。「でもそれが、今でも残っているのかは分からない。俺はスペイン語でたくさん話すけど、誰も何も言わないけどね」

「世界的に見て、一番使われている言葉は、英語とスペイン語なんだ。もし他の言葉を学ぶのなら、そのことを考えるよ」

「もし君がアメリカ人で、ベネズエラやスペイン、ドミニカ、プエルトリコ、コスタリカ、エル・サルバドルに行ってコミュニケーションが取れるのなら、それがどんなに素晴らしいことなのか分かるだろ?」

オルティスが英語の勉強を始めたのは、ドミニカにいた15歳の時に、父親に命令されたからだった。彼の子どもたちは現在、彼の言葉の間違いを指摘する。

チームメイトも同じことをする。時代は変わったのだ。

「今の彼らは、会話を楽しんでいる。相手をバカにする前にね。今は多くの人たちが、これは相手の母国語ではないと理解しているし、彼らは僕が英語を話すのと同じくらい、スペイン語を話したいと思っているんだ」

グリフィンは、高校で4年間、そしてサンディエゴ大学で2年間スペイン語を学び、その能力は、少ししか英語を話すことができないルーキーリーグのキャッチャーの相手をする時に役立っている。

「それを話せることを、とても誇りに思っているんだ。僕の見かけはアメリカ人だから、彼らは、それを期待していない」自分の語学力を、日常的に活かしているグリフィンは言った。

「僕は、みんながスペイン語を学んだほうが良いと思う。それは、多くのアメリカ人の意見ではないかもしれないけど、それが役に立つのなら、なぜそれをしないんだい?」

参考:MLB no longer lost in translation Jorge L. Ortiz, USA TODAY Sports