月曜日午前のニューヨーク・メッツのクラブハウスで、私はジェフ・カトラーと話していた。30歳の彼はボストン郊外生まれの日系アメリカ人で、日本人投手、松坂大輔の通訳をしている。

私たちが何気無く、アメリカのアジア・コミュニティについて話しをしていると、後ろから声が聞こえた。 
 
「ジェフ!!」

カトラーと私は、振り返った。その声は、メッツの投手コーチ、ダン・ワーゼンだった。

「昨日、君のことを"チャイナマン"と呼んだことを謝るよ」ワーゼンはカトラーに言った。

「いいんです」カトラーは返事をした。

「他意はなかったんだ。君が中国人でないことは知っているしね」そして少しの間の後、「面白い冗談だと思ったんだけど」とワーゼンは言った。

「そうですか」カトラーは、わずかなほほ笑みを見せながら言った。

そしてワーゼンは、歩き去った。

私が何も言えなかったのは、驚いていたからだった。27歳の中国系アメリカ人でサンフランシスコ育ちの私は、「チャイナマン」という言葉を最後に聞いたのがいつのことか覚えていない。その差別的な言葉は、元は19世紀にアメリカに渡ってきた中国の移民に対して使われたものだ。

私は小学校の校庭で、その言葉を聞いたことがあったかもしれないが、スポーツ記者としてNFL、NBA、そしてメジャーリーグのロッカールームに入った中では、一度もなかった。

コーチのキャリアを始める前の1970年代にメジャーリーグで投げていた61歳のワーゼンが、そのような言葉をとても不用意に使ったことに、私は驚いた。 彼が「チャイナマン」と言ったことを謝りたかったのは、彼が中国系でなく日系人だったことにだけなのだろうか? 彼はその言葉を使うこと自体はOK、あるいは冗談としてであれば、受け入れられる言葉だと考えていたのだろうか?

ワーゼンはおそらく、私の人種について知らなかったのか、あるいは私の首に下げられていた記者証を見逃したのかもしれない。彼がカトラーに話しかけた時、私は彼に背を向けていたからだ。それでもロッカールームは、その時点ではまだ、記者たちに開放されていた。

火曜日の朝、カトラーは私が松坂にインタビューしている時に通訳をしてくれた。そしてその後、私はワーゼンの発言についてカトラーに聞いた。

「ワーゼンのジョークで傷ついたことはある?」私は彼にたずねた。

「ないよ」カトラーは言った。

あれは冗談たったの? 私はたずねた。

「それについては、ダンに聞くべきだよ」カトラーはそう返事をした。

ロッカールームが、成熟した人間だけの集まりではないことを理解するくらいの十分な時間、私はプロアスリートの周りにいる。多くの仲間たちは、もっと悪い言葉を耳にしている。しかしワーゼンは、傷つく理由を持つ2人の人間の前で、その言葉を使った。そして彼は仕事場の中でとても気軽にした。1人は、力を持つポジションにいるのだ。私は、はるか昔になくなっているべき差別用語を使うことを大目に見て、うやむやにしたくなかった。

火曜日の午後、私はメッツのメディア担当副社長ジェイ・ホロヴィッツを捕まえた。ホロヴィッツは、ワーゼンが、水曜日の午前7時30分にメッツのダグアウトでそのことについて話し合うので、彼に会うように私に言った。しかし水曜日にメッツの施設へ行った私にホロヴィッツは、ワーゼンはコメントしないと言った。カトラーは、ロッカールームにいなかった。

水曜日の遅く、メッツはワーゼンとサンディ・アルダーソンGMの2人からの声明を発表した。

「私は、昨日のクラブハウスでおこなった軽率な発言について謝罪します。それは冗談には適切でなく、どの様な状況であっても間違いであり、不適切でした。私は本当に申し訳なく思っています」ワーゼンは言った。

「球団を代表して、私たちのスタッフの1人が無神経な発言をしたことに謝罪します。その発言は、不快で不適切なものでした。球団はとても遺憾に思っています」アルダーソンは言った。

参考記事:In the Mets Locker Room, an Old Slur Resurfaces By Stu Woo The Wall Street Journal