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ショーン・フィギンスに何が起こったのだろうか? とても優秀な選手が、どうすれば、ほとんど一晩で消えてしまうのだろうか? 球界の未解決ミステリーの1つである。

「シアトルでのことは、私には分からない」エンゼルスでフィギンスの監督だったマイク・ソーシアは言った。「でも、うちにいた時(2002年〜2009年)のフィギーは、とても重要な選手だったってことは言える。彼はただ優秀な選手なだけでなく、ポジションがどこであろうと、打順が何番だろうと、気にしなかった」
「はっきり言ってしまえば、試合での彼の存在っていうのは、うちには本当に重要だった。彼はまだ、できると思う」

メジャーリーグの実績とマナーリーグ契約を手にしてドジャース・キャンプに舞い降りたフィギンスは、初期のソーシアのロサンゼルス球団で残したのと同じ結果を目指している。

エンゼルスでの最後のシーズンになった2009年のフィギンスは、成績分析サイトによれば、メジャーリーグで5番目に優秀な野手だった。彼のWAR7.7は、ジョー・マウアーとハンリー・ラミレスの間だった。素晴らしい位置である。

そして今、どんな仕事であっても、それを掴もうとしているフィギンスは、アメリカン・リーグ西地区で優勝したすばらしい2009年を懐かしそうに思い返していた。彼は優秀な三塁手としてプレーしながら、114得点、リーグ首位の101四球、打率.298、出塁率.395を記録した。

「素晴らしいチームだった」彼は言った。「素晴らしい時間だった」

そのシーズン中、当時のタイガースの監督だったジム・リーランドは、周りに刺激を与えるそのエンゼルスの選手を、熱狂的に褒め称えていた。フィギンスは4シーズンで、ア・リーグMVP投票において得票を得ていた。

「ショーン・フィギンスは、リーグでもっとも優秀な選手の1人だと思う」リーランドは言った。「彼は、刺激を与える選手で、どこでもプレーができて、どこでも良いプレーをする。すべての監督が、チームに欲しがる選手の1人だと思う。その男は、たくさんのことを起こしてくれる」

「彼は楽しんでプレーしているし、野球を愛しているんだ。見れば分かるよ。敵チームの監督から見ても、うちのチームにとって悩みのタネだとしても、彼は実際に見ていて楽しい。彼には、本物になりたいっていう情熱がある。成績がMVPを獲れるほどではなくても、彼は球団にとって、とても大きな存在だって言いたいね」

その冬にフリーエージェントとしてシアトルと契約したフィギンスは、最初のシーズンはそこそこだったものの、その後はパシフィック・ノースウエストに沈んでしまった。マリナーズで3シーズン過ごした後の2012年の冬、彼らは彼と袂を分かった。2013年2月にはマーリンズと契約して、グレープフルーツ・リーグで打率.308、様々なポジションでプレーしたにも関わらず、彼らは6週間後に契約を解除した。

彼は自宅に戻り、練習を続けながら、妻の生まれ故郷のチリへ休暇に行った。彼は連絡を待ったが、それが来ることはなかった。

「1シーズンを失ったんだ」フィギンスは言った。「誰もケガをしなくて、そして誰も呼んでくれなかった」

シアトルでの苦難の時について聞かれたフィギンスは、力なく頭を振った。

「彼らは、それまでの僕とは違う選手になって欲しかったみたいだった」彼は語った。「僕は、そうしようとした。プレーの仕方を変えたよ」

彼の猛烈な積極性は、最終的に鳴りを潜めることになった。南カリフォルニアで燃え盛っていたその炎は、彼から消えた。そして今の彼の望みは、成長して光り輝いていた頃に戻ることである。彼は朝の6時頃に、ドジャースのキャメルブロック練習場に選手の中で一番に現れ、そして去るのも最後である。彼はそういう男なのだ。

36歳にしてフィギンスは、もしレギュラーでなくても、何でもできる控え選手としてのキャリアを取り戻すことを決意して、ドジャーブルーを身につけている。彼は11年間のメジャーリーグで、投手と捕手、そして一塁手以外の6つのポジションを上手にこなしてきた。

「もしいろいろな場所で、それぞれのことができる選手が必要なら」フィギンスは言った。「僕より、それを上手くできる人はいない。僕はまだ走って、投げて、打つことができる。エンゼルスで、僕ができるって証明した時に、戻らないといけない。僕は今でも、野球に対して情熱を持っていたその時と同じ人間だ」

2004年には17本の三塁打、そして2005年はリーグトップの62盗塁を記録してキャリア打率.277を誇り、打てるという評判だった彼は、シアトルで控え選手だった最後の2年間は、それぞれ打率.188と.181に終わった。

ドジャースのドン・マッティングリー監督は、フィギンスと契約を結ぶ前から、彼が現実的にチームに加わることができるという自信を持っていた。マッティングリーは、彼が「スピードがあって、積極的で、賢くて、どこでもプレーができる」選手であることを覚えている。

ドジャースは、セカンド以外のすべてが決まっている。キューバーからやってきたアレキサンダー・ゲレーロは将来有望だが、ショートが本職で、守備は打撃ほど定かではない。過去2シーズンのその仕事を上手くこなしてきたマーク・エリスは、セントルイスと契約した。

その役目をフィギンスと争うのは、同じくベテランのブレンダン・ハリス、ジャスティン・ターナー、他にディー・ゴードン、ジャスティン・セーラーズ、そしてミゲル・ロハスがいる。そのチャンスは、バックアップとして見られているニック・プント、スキップ・シューメーカー、そしてジェリー・ヘアストンJrにもある。

5フィート8インチの体から、並外れたスピードと俊敏さ、そして驚くべき強肩を持つフィギンスのプロフィールを魅力的にしているのは、サードとセンターの守備が、とりわけ優れていることである。

彼は4種類のグローブをキャンプに持ち込み、ケージにある彼のバットは、使い古されている。元エンゼルスの選手としてフィギンスは、シアトルでの不可解な不調から抜け出すために、スキルを磨くことに打ち込んでいる。

スプリング・トレーニングの間にサードからセカンドに移らされ、イチローがいたことで打順が1番から2番に移った2010年の彼は、それまでと同じダイナミックな選手ではなかった。しかし彼は、それを恐れなかった。

打率.259、OBP.340、42盗塁を記録したフィギンスは、全体的には、2009年とほとんど変わらなかったが、長年プレーして、最終的に頭角を現したサードからセカンドへ移ったことが、気持ちを乱したようだった。彼はシーズンでセカンドを54試合以上プレーしたことがなかったが、2010年の彼は、そこで161試合に出場した。

2011年、新人のダスティン・アクリーが、彼に代わってセカンドに入り、そして打撃不振に陥っていたフィギンスは、それを取り戻すことができなかった。

「野球ていうのは、難しい競技だから」彼は言った。「みんながそう言うけど、それは本当のこと」

フィギンスは、その難しさを十分に味わった。彼は以前のように戻り、まだメジャーリーグのチームに貢献できる能力を持つとことを証明し、そして、ドジャースの勝利とペナントレースに貢献するときだと感じている。 

参考記事:Figgins out to recapture magic of Angels days By Lyle Spencer