木曜日に東京で行われた記者会見での田中将大は、良いものだった。それには、おそらくヤンキースファンの期待を膨らませ、そして少なくともレギュラーシーズンが始まるまでは、その話題の右腕を獲得するために、ハル・スタインブレナーの球団が使った155百万ドルを正当化する4つの言葉が含まれていた。

目標を聞かれた田中は、ピンストライプが似合うようになって、「ワールドチャンピオンになること」と、ためらうことなく返事をした。

2013年にポストシーズン進出を逃したヤンキースは、故ジョージ・スタインブレナー路線をとった。そして思い切った高額で田中を獲得したことで、この冬のヤンキースの金庫は空になった。

その日本から来る若者の評判は、圧倒的に良い物ばかりだ。彼はブロンクスに、昨年の楽天ゴールデンイーグルスでの24勝0敗の素晴らしい成績、必殺のスプリットフィンガーファストボール、若さ(彼は25歳)、そしてポップスターでテレビタレントの妻(里田まい)という実績と実力を引っさげてくる。そして彼が一度、日出る国からブロンクス動物園に旅立てば、待ち受けているチャレンジは、完全に違う野球と文化に適応することだけではない。

彼はどれくらい速く、メジャーリーグの打者に適応するだろうか? 彼はアメリカと日本の巨大なメディア軍団の前で萎縮することなく、厳しいニューヨークで成功できるだろうか? 彼と里田はニューヨークで、憧れのカップルになれるだろうか?

ヤンキースには、優秀で大きな人気を誇った外野手兼指名打者で、2009年ワールドシリーズMVPの松井秀喜がいて、ピンストライプの歴史を汚した井川慶と伊良部秀輝がいた。スタインブレナーが伊良部を「太ったヒキガエル」とこき下ろしたことを忘れることができるだろうか? 井川は2006年に5年20百万ドルの契約をしたが、ヤンキースではわずかに13先発だった。そして期待に応えることができなかった、あるいはまったくダメだった他のメジャーリーグチームの日本人選手もいる。松坂大輔や松井稼頭央だ。

「私の経験から言うと、こっちに来る日本人選手にとって一番大切なことは、成功するために必要な正しい環境を持つことです」ヤンキースの上席副社長でGM補佐を務めるジーン・アフターマンは言う。「それは、本当に大切です」

日本人スター選手を米国に連れてくるのを手伝うアフターマンの経験は豊富で、彼女は以前、ベテラン代理人のダン・野村と働いていた。ドジャースで旋風を起こした野茂英雄を、海の向こうから連れてくるために奔走したのは、この2人だった。ヤンキースでのアフターマンは、2003年シーズン前に松井秀喜が移籍するときに鍵となった人物で、松井が日本で所属していた読売ジャイアンツと強い信頼関係を構築した。日本で3回のMVPに輝き、ヤンキースが契約した時には、すでに日本で大スターだった松井は、ヤンキースが望んだそのもの、そしてそれ以上だった。

「私たちは、松井と一緒に物事を進めました。そのときの彼はすでに、日本で10年のプロキャリアを持つ人格者でした。彼は通訳のロジャー(・カーロン)を選びました。結果的に彼は、素晴らしい人物でした」長年松井の通訳を務めた人物に、アフターマンは触れた。「彼らは、本当に上手くやっていました。そして私たちは、日本のメディア対応のために、松井が信頼している日本人を雇いました。東京のメディアマーケットは、ニューヨークよりも大きいですから。松井は読売ジャイアンツで育ちましたが、それはデレク・ジーターがヤンキースで育ったのと同じことです。注目されながら育てば、同じように成長するものなのです」

アフターマンは、ヤンキースが獲得に動く中で、田中のことは少ししか分からなかったと言う。楽天が田中をポスティングしてから、MLBのチームは彼と契約交渉をしている間、わずかしか接触できなかった。そして彼女は、やりとりの中で好印象を得ていた。アフターマンによれば、田中はその若さにも関わらず、プレス対応や評判を傷つけないようにしながら目標を見失わないようにすることなどといった、プロアスリートとしてのしっかりとした態度を、すでに身につけている。

「彼は彼自身のための、素晴らしい作法をもっています」アフターマンは言う。「少なくとも私たちとのミーティングでの彼は、私が知っている90年代の選手よりも、だいぶリラックスしていました。彼は素の自分を、だいぶ気に入っている様でした」

アフターマンによれば、ヤンキースは日本にスカウトを常駐させており、加えて「少なくとも15回の(田中の)先発を見るために」その島国にスカウト陣を送った。ヤンキースはまた、外野手のアンドリュー・ジョーンズと投手のダレル・ラズナーを含めた数名の元ヤンキース選手が、楽天でプレーをしているという幸運にも恵まれた。

ジョーンズは、1月中旬に行われたジーターのチャリティー・ゴルフイベントに参加し、そのパーティーで「田中の(2013年の)成績を見れば、明らかだ」、そして「実力を見せつけるために、米国に来る時だ」と記者に語った。

ラズナーは、熱狂的なファンの前でプレーするという大きなプレッシャー、そしてそれを投球の励みに変えてしまう彼の能力に感心したと言う。

「国全体が、彼のプレーに注目しているんだ」楽天で5シーズン投げて、現在は肘の手術からの復帰を目指しているレズナーは言う。「彼のプロ意識っていうのは、自分のことを話す彼が、控えめなことにあると思うんだ。彼はヤンキースに、とてもフィットすると思う。良い男だし、良いチームメイトだから」

イチローと黒田博樹、すでにヤンキースにいる2人のベテラン日本人選手は、田中がメジャーリーグと米国の文化に適応する助けに、確かになるだろう。松井秀喜にそれはなかったが、彼はメディアと自然に接し、チームメイトとも素晴らしい関係を構築したと、アフターマンは指摘する。

「特に黒田がそこにいるのは、田中にとって助けになると思います。彼はベテランで、年上で、これまでに経験してきた人間です」アフターマンは、その38歳の日本人右腕について言う。「これらのことは、投手にとっては大きな意味を持ちます。投手は、投手とコミュニケーションを取るからです。だけど田中は、(2009年の)ワールド・ベースボール・クラッシックの(日本)チームで、イチローとも一緒でした」

「イチローは、比べる人がいないほどの、日本を代表する選手です」アフターマンは続ける。「共通の話題について、自分の言葉で話すことができる人がいるというのは、どこであってもとても素晴らしいことです」

日本野球と文化についての著書を持つジャーナリストのロバート・ホワイティングは、野茂がアメリカでプレーすることで、日本の野球ファンから「裏切り者の脱落者」と見られていた時とは違い、ゴールデンイーグルスを離れて、より高いレベルに挑戦したいと望んでいる田中は、日本で応援されていると言う。

「ほとんどの人は、彼にはヤンキースで頑張ってほしいと言っている。彼は日本で一番の選手で、ヤンキースはアメリカで一番の球団だからだ」ホワイティングは言う。「田中の心配なところは、彼がメジャーリーグのパワーに慣れていないことと、普段投げるファストボールが95マイルに届かないこと。彼はかなり打たれることになると思う。適応できるまではね。彼はもっとも効果的な配球を学ばなければならない。不安定なスタートになると思う。彼のファストボールは、アメリカ人をやっつけるには、スピードが十分でないから」

田中とレンジャーズのエース、ダルビッシュ有をホワイティングは、両投手とも球威で押すのではなく、ゴロを打たせてアウトを取る投手だとした。そのことは田中にとって、黒田がいることが本当に強みになると言う。

「黒田がいることが、田中にとっては大きな助けになるだろう。異なる打者への攻め方、違う球場への対応、注意しなくてはならないこと、どの審判のストライクゾーンが広いかを、彼から教えてもらえる」ホワイティングは言う。「黒田は、チームメイトとの付き合い方、誰を避けるべきで誰がフレンドリーかも教えてくれるだろう」

「遠征では妻を連れて行くことができないので、日本人選手は通訳以外には話す人がいなくなって、それが疲れるんだ。黒田とイチローがいるのは、その点で大きなプラスだ。もし田中が、ヤンキースで唯一の日本人だったら、それに適応することも大変なことだろう」

里田は2人の間でも、すでに自身で有名人の地位を得ている。彼女は、女性のポップ・グループである「カントリー娘。」を始めとしたいくつかの音楽活動をしていた。そして彼女の人気が高まったのは、少し変わったクイズ番組に出演して以降のことである。里田はそこで、クイズに対してヘンテコな答えをしていた。彼女は、旦那の米国でのキャリアに集中していると日本人記者が言う中で、里田が「田中と出会う前に、地位を確立していたことが」重要であるとアフターマンは言う。

「彼女は、守られて育った人間ではありません。そして彼女は創造的で、才能豊かな人に見えます。家族が幸せでいることは、常に大切なことだと思います」アフターマンは言う。「私には彼女が、ニューヨークや大都会でも、大丈夫な人に見えます。自分自身の人生とキャリアを持つことは、とても大切なことです。自身のアイデンティティを持つことは、物事を進めることを容易にします」

松井は「ゴジラ」の愛称と共に2003年にやってきて、2009年のワールドシリーズMVPを含めたゴジラサイズの足跡を残し、ヤンキースの27回目の優勝後に去った。田中はアフターマンが松井のことを表現するところの「偉大で素晴らしい1人」になるきっかけをつかみ、ヤンキースがチャンピオンに返り咲く助けになるのだろうか?

「ミーティングでの田中は、臆するようなことはまったくありませんでしたし、アメリカと日本の多くの選手よりも、落ち着いている様でした」アフターマンは言う。「落ち着いている人もいるし、そうでない人もいます。何かに怖気づくような素振りは、彼には少しもありませんでした」

参考記事:Masahiro Tanaka ready to make transition from Japan to New York  BY CHRISTIAN RED / NEW YORK DAILY NEWS