マサヒロ・タナカとの交渉期間が始まった。メジャーリーグチームが、彼の価値を測るときの問題の核心は、この先どれくらい良くなるかではなく、彼が何年間活躍できるのかである。その問題がとても難しいのは、その若さでありながら、過去35年間のその年齢のメジャーリーガーの誰よりも、タナカが多くのイニングを投げているからである。

それは、投手の常識を覆すものである。もしタナカが、これまでにアメリカ流で育てられていたのなら、日本で彼がした様に、24歳のシーズンまでに1,315イニングを投げるなどということが、許されるはずがなかった。メジャーリーグにおいてそれほどの若い年齢で、それほどのイニングを投げた最後の投手は、1973年〜78年のフランク・タナナだった。タナナは、そのうちの3シーズンでオールスターに選ばれたが、25歳のシーズンの時に肩を痛めた。その後の彼は15シーズンを投げたが、オールスターに選ばれることはなかった。

そして1970年代の野球は、比較するのがためらわれるくらい、今日の野球とは大きく違った。過去20年間で球界の常識となったブルペンの専門化、投球数とイニング制限によって、タナカと同じくらい投げたメジャーリーグの投手を、私たちは見たことがない。そのことについて、考えてみよう。タナカの25歳という年齢は、メジャーリーグチームに6年、あるいは7年という夢の様な契約を考えさせる理由となるが、彼の長期的な価値を考えると、その通常では考えられない投球数によって複雑なことになる。

「彼が25歳だというだけで、みんなが何も考えないで行動している」 ある球団の幹部は言った。「彼は、険しい道を歩んできた1人の投手だ。(タナカは)とても魅力的な投手だけど、現実的なリスクがある。・・・それはすべての投手にあるけどね」

タナカの稀な投球数について分析しよう。1961年以降、タナナ以外に2人の投手が、24歳までにメジャーリーグで1,315イニングを投げている。それはラリー・ダーカー(1964〜71)とバート・ブライレブンである。

しかしタナカがより特殊なのは、10代においても異常なほどの投球数をしていることである。タナカは18歳と19歳だった時に、楽天イーグルスで359イニングも投げた。メジャーリーグの歴史において、10代でそれ以上のイニングを投げた投手は、ボブ・フェラー(1936〜38)とピート・シュナイダー(1914〜15)の2人だけで、それもかなり前である。

フェラーは殿堂入りしたが、若いころの過剰な投球数は、23歳、24歳、そして25歳の時に第2次世界大戦に従軍したことで軽減された。シュナイダーはケガ、そしてコントロールの悪さに悩まされて23歳で投球を終えた。

(対照的に、現在の投手のプロスペクトの1人、アリゾナのアーチー・ブラッドリーは、18歳と19歳の時にマイナーで、合わせて138イニングしか投げていない)

そして忘れてならないのは、高校生の頃から活躍しているタナカは、有名な甲子園大会の5試合で、742球を投げている。

なぜこの若い時の投球数が、そんなに重要なのだろう? どの球団でも言うことは、早過ぎる時期に多すぎるイニングを投げることは、負担が大きいということだ。科学的な研究では、ケガにつながる大きな2つの理由は、悪い投球フォームで投げすぎることである。そしてその影響は、体が完成していない若い投手のプレーにおいて大きいのだ。

投球数とイニング制限は、日本ではあまり浸透していない。タナカは日本で、10代の頃に9完投している。メジャーリーグ史上、10代で9完投を記録している投手は、わずかに13人で、全員が48年以上前だ。それほど多くの完投を許された、もっとも"最近"の10代は、ダーカー(1964〜66)、ワリー・バンカー(1963〜64)、マイク・マコーミック(1956〜58)、そしてチャック・ストッブス(1947〜49)である。

日本のコーチは、アメリカの投手よりも多く投げるのは、良いことだと信じている。しかし彼らの投手は、より短いシーズンの中で、比較的戦力が劣るラインアップと対戦し、長い登板間隔(通常は5日間隔ではなく、6日〜7日間隔)で投げる。実際にタナカは、そんなに多くのイニングを投げながら、イーグルスの1シーズンで28先発以上をしたことがない。

日本からメジャーに来た投手が直面するより厳しいスケジュールとラインアップは、2〜3シーズン目以降に影響がでる傾向がある。日本生まれの11人の投手が、メジャーリーグでの1シーズンで25回以上の先発をしているが、それを3回以上記録しているのはヒデオ・ノモとヒロキ・クロダの2人だけである。

そしてタナカが受け取ると予想される金額の投手に期待される30先発にハードルを上げると、それもノモとクロダの2人がそれぞれ2回記録しているだけである。そして注意が必要なのは、ノモは最初の2年間で素晴らしい活躍をした後の10年間は、ジャーニーマンになったことである。

タナカは、ノモの様な1年目からの活躍が期待されるはずである。彼は別格のコントロールと球種、そして特に素晴らしいスライダーがある。そして彼の投球フォームは、若干個性的(彼はボールを後ろに持ってきた時に、手首を曲げる。そしてボールを投げに行く前に、右肘が上がる)ではあるが、問題のないものだ。彼は始めから、多くの三振を奪いながら四球の少ない投手でなければならない。

しかし長期的なタナカへの期待は、彼の投球数を比較するものがほとんどないことだけを見ても、不透明な部分が多く残る。ここで年齢とイニング数を元にした、タナカとのベストな比較を紹介しよう。始めは、24歳までのシーズンの比較である。

                                                                   GI           P          W-L         ERA       CG       BB        SO
フェルナンド・バレンズエラ  (1980-85)  176    1285.1  78-57  2.89       64      455  1032
マサヒロ・タナカ                  (2007-13)  175     1315  99-35      2.30  53      275  1238

念押しするが、これは過去との比較である。バレンズエラの19歳〜24歳の投球数は、1980年代だとしても多いものだ。彼は25歳の1986年も21勝を挙げて20完投と活躍した。そしてバレンズエラは、最初の200先発で84完投しており、19歳〜25歳の彼の先発における完投率42%は、驚くべきことだ。しかしその後のバレンズエラは目立った活躍はできず、25歳以降はオールスターにも選ばれず、74勝85敗、防御率は4.23だった。

2つ目の比較は、タナカとユウ・ダルビッシュである。ダルビッシュは日本で7シーズンを投げた後に、レンジャーズでの2年目を終えたばかりである。ここで日本での24歳までのダルビッシュとタナカを比較してみよう。

                                                       G           IP           W-L       ERA    CG      BB        SO
ユウ・ダルビッシュ(2005-11)  167  1281.1     93-28     1.99     55     333  1250
マサヒロ・タナカ    (2007-13)    175  1315        99-35     2.30     53     275  1238
 
多くの共通点がある。ダルビッシュはメジャーでもすぐに活躍し、2年連続でサイ・ヤング賞候補になり、最多奪三振を記録した。しかし彼もまだ、始まったばかりである。彼はいま、ノモがぶち当たり、クロダが乗り越えた壁に届くところである。

そして彼は、旧制度のポスティング・システムで契約した。それでは1つのチームとしか交渉ができず、ダルビッシュは"わずか"56百万ドルの6年契約を結んだ。テキサスは、交渉権を獲得するためのポスティング・フィーに51.7百万ドルを費やしたので、彼との6年契約にかかったのは合計で107百万ドルである。それでもその金額は、マット・ケイン(127百万ドル)、コール・ハメルズ(144百万ドル)、そしてザック・グレインキー(147百万ドル)の6年契約と比較すれば、まだバーゲンである。

新しいポスティング・システムによって、ポスティング・フィーの上限が20百万ドルになったことは、タナカにどの様な意味があるのだろうか? 彼は6年100百万ドル以上の契約を手に入れるだろう。それはジャイアンツがケインに、妥当な金額としてフィリーズがハメルズに、そしてフリーエージェント市場でドジャースがグレインキーに与えたラインとして、タナカには必要な資金になるだろう。

しかしタナカの選手としての価値は、ケインやハメルズ、そしてグレインキーほどあるのだろうか? 彼の価値は実力だけでなく、ポスティング・システムが変わったタイミングと、テレビの放映権収入が増加したことによるこの冬のフリーエージェント市場のインフレによって決められる。そして彼のタイミングは最高であり、いまの彼は、特にヤンキース、ドジャース、エンゼルス、レンジャーズ、そしてカブスといった球界でも裕福なチームを巻き込んだ条件合戦を創りだすことができる。

投手との長期契約のすべてにはリスクがある。しかしこの件でもっとも大きな問題は、それほどの大きな金額でありながら、不透明なことが本当にたくさんあることだ。ケイン、ハメルズ、グレインキーは、それぞれが契約を結んだ時にメジャーでの実績と経験があった。タナカはメジャーで投げたことがなく、近代野球で見たきた誰よりも多くのイニングを投げている。どこかのメジャーリーグチームは、米国では決してされない方法で成長し、そして使われてきた投手に対して100百万ドル以上を支払うことになるのだ。

参考記事:How will Masahiro Tanaka's workload impact his value in MLB? Tom Verducci SI.com