月曜日夜にイチロー・スズキは、恐らくいま日本で2番目に有名な人物を彼のマンハッタンのアパートの夕食に招き、そして彼女に500ドルもする1968年もののビンテージワインをプレゼントした。それは彼女が「星空の孤独」でレコードデビューした年に作られた特別なものだ。

アキコ・ワダは、歌手、女優、テレビ司会者、そしてコマーシャルタレントである。 スズキの取材を担当していた日本人記者たちは、水曜日の打撃練習中のグラウンドに彼女を見つけて取り囲んだ。そして彼女は、本物のスターとして彼らに対応した。

彼女は「アンチェイン・マイ・ハート」のソウルフルな歌声が知られていて、例えるなら日本のアレサ・フランクリンだ。水曜日のスズキのキャリア4,000本目の安打は、不運にもフェンスを超えなかったが、その時ワダは、「あっ、ホームラン」とつぶやいた。

代わりにスズキは、ブルージェイズの先発R.A.ディッキーからレフトにライナーを放った。それは日本のプロ野球での1,278本に続く、メジャーリーグでの2,722本目だった。

スズキは数ヶ月前に、今週のニューヨークにワダを招待していた。その時は誰も、スズキの通算4,000本安打が目前のタイミングになることを知ることはできなかった。彼は火曜日に2安打を記録したが、記念の1本は翌日のヤンキー・スタジアムに来る友人のために取っておいた。

「大好きってわけではないんです」彼女は野球について言った。「だけどヤンキースと、ベーブ・ルースぐらいは知っているから、ずっとヤンキースタジアムには来たいと思っていました」

シアトルに旅行した時にスズキと始めて会ったワダが、マネージャーにスズキに会いに行くと伝えたのは最近で、彼はそのタイミングに驚いた。

「マネージャーは"大記録が達成されるかも知れないことを知っているの?"って」彼女は通訳を通して語った。「私は知らなかったの。本当に偶然なんだけど、タイミングが悪いんじゃないかって心配になっちゃって。余計な心配やプレッシャーを与えるんじゃないかって。だけどみんな信じられないだろうけど、彼は本当にリラックスしていて、私のほうがドキドキしていました」

彼女とスズキは、シーズンオフの日本で、彼女が経営する東京六本木のレストランで会食をしているとワダは言った。しかし彼は、彼女のコンサートに姿を現したことはないとも言った。

「彼は、誰にも知られない様に行動するタイプだから」彼女は言った。

彼女が4,000回目の「アンチェイン・マイ・ハート」を歌う時、スズキはそこにいなければならない。そうすれば彼女は、彼が日本でデビューした年の1992年もののビンテージワインを、彼にプレゼントするだろう。

参考記事:A Japanese Star Known for Big Hits Sees Suzuki Get OneBy DAVID WALDSTEIN The New York Times