ツヨシ・ニシオカは、クリーブランドからニューヨーク州、ロチェスターに行くフライトに乗るために、水曜日午後のプログレッシブ・フィールドのビジター側クラブハウスで急いでいた。それはニシオカのキャッチング、スローイング、グラブトス、ダイビング、カバーリング、空を見上げることを含めた守備のまずさが現れた3試合のシリーズの後だった。

そのフライトの目的は、ロチェスターで4ヶ月過ごしたニシオカが荷物をまとめ、そして木曜日にツインシティに飛んで、2012年の残りをツインズでプレーするためだ。

ニシオカと彼の雇い主は、もし彼らが了承するのなら、飛行計画を変更したほうが良かった。そうすれば彼は、午後3:49までロチェスター・国際空港に留まり、デトロイトで東京行きへ乗り換え、金曜日の夜中が訪れる前に、彼が野球で成功した国へ帰ることができた。

2010年12月、日本のリーグの首位打者を取った内野手として、26才のニシオカはツインズにやってきた。昨シーズンツインズで68試合プレーした彼は、混乱した守備と空振りの連続で、それはペテンのメジャーリーガーの様だった。

ツインズは2013年まで、彼と契約している。だからニシは、今年の1月にスプリングトレーニングに参加するためにフォートマイヤーズにやってきたが、すぐに駐車場の向こうにあるマイナーリーグの練習施設に送られた。

ツインズのロン・ガーデンハイア監督は、おそらく9月まではニシオカを上げることはないと考えていただろう。しかし日曜日に、事は起こった。 

ダニー・バレンシアがボストンにトレードされて、ロスターを埋めるためにニシオカが呼ばれた。彼はロチェスターで打率を.245まで上げたことで、それを掴んだ。

これは、大した事だとは思われなかった。ツインズは、ジェイミー・キャロル、ブライアン・ドーザー、それかアレックス・カシーラが怪我した時に備えて、4人めの内野手が必要だった。それがなければニシオカは、トレバー・プローフが故障者リストから戻ってくるまで、おそらくピンチランナーしか出番がなかった。

しかし月曜日の夜を除いて、ニシオカは7番でセカンドの守備に付いた。そしてガーデンハイアは記者たちに、ニシは”プレーするためにここに来た”のだから、彼がラインアップに入るのは数日だけではないと語った。

ツインズが14-3で勝った月曜日の夜、ファンの間で一番話題になったのは、ニシオカの守備と打席でのひどさだった。火曜日、ツインズは7-5でなんとか勝利をものにした。そしてニシオカの勝利を決めた犠牲フライは、私たちが愛する様な、素晴らしいものだった。

彼は犠牲フライで出塁できなかったが、それはボールが落ちなかっただけのことなので、良いことだった。

そして水曜日夜の試合だ。 

どうすれば良いのか、私にはわからない。私は、汚い言葉を使わないように、注意しなければならなかった。

ニシの愚かな行為について、私には大きく二つの疑問がある。

なぜ彼は、右側にもう一歩スライドすれば正面で取れたゴロにダイブしたのか?そしてなぜ彼は、太陽の日差しで見失った球が芝生の上に落ちた後、反対側の方向に歩いていったのか? 

水曜日の試合が始まる前、私はテリー・ライアンGMにEメールで、ガーデンハイアがニシオカについて言った”彼はプレーをしにここに来た”の意味のオフシャルな答えを尋ねた。

ライアンの返事は、”君が、何を言いたいのかわからない。25人の選手でライアンアップを組むのは、ガーデンハイア次第だ”だった。

水曜日のガーデンハイアの公のコメントは、彼がそうしたかったからニシオカをプレーさせたというもので、それは彼の本心ではないように思えた。彼は記者からのニシオカに対する質問を咳払いでごまかし、彼はその二塁手についての話を終わらせた。

ガーデンハイアがクリーブランドでニシオカを使ったのは、フロントオフィスの命令だったのが明らかだ。ツインズは、彼にまだ4百万ドルが残っていて、一番強く思うのは、ライアンはもう一度試すこと無く、それを帳消しにしたくなかったのだ。

3試合だが、それは見るのが耐えがたいものだった。 

4百万ドルは忘れよう。ツインシティーに到着する朝のフライトのことも忘れよう。ニシを3:49の東京行きに乗せろ。それは今週末のターゲットフィールドで、彼の活躍に期待するのよりも、全ての人たちにとって良いことだろう。 

参考記事:Reusse: It's time for Twins to end their sad glove affair with Nishioka Article by: PATRICK REUSSE , Star Tribune
http://www.startribune.com/sports/twins/165529976.html?refer=y