Picture 095.jpg
写真:カラカスの街。ベネズエラには、近くに美しい山々があり、それはまるで絵画の様だ。そこはまた、一人で歩きまわるには、地球上で最も危険な場所の一つでもある。

ワシントン・ナショナルズのキャッチャー、ウィルソン・ラモスが生まれ故郷のベネズエラで、拉致誘拐されたことは、既に伝えられている。MLBは、それについてほとんどコメントしておらず、彼の安全が懸念されている。

しかしベネズエラ国内を旅行したことがある私に言わせれば、この様なことがもっと頻繁に起こらないことが驚きだ。誘拐はベネズエラではビッグビジネスで、麻薬組織が資金を稼ぐ手段なのだ。毎日多くの誘拐が行われ、少なければ1,000ドルの身代金で、その日の内に被害者は釈放される。

MLBの各チームは、所属選手たちのその国での安全に懸念を抱いており、 ウインターリーグに参加する選手たちに注意を喚起している。

私が最後にその国に行ったのは2006年、首都カラカスで行われたスポーツに関する会議で話した。自分で勝手に歩きまわることは、止められていた。その会議の主催者は、私達が夜間に外出する時、運転手(体格の良い彼は、ボディガードも兼ねていた)を手配し、特別に用意されたアウトドアモールに案内された。その中にあったレストランとクラブを自由に歩き回れたのは、警官と警備員に施設の周りを厳重に警備されていたからだ。そのモールの外側にあるレストランやナイトスポットに、一人で出かけるのは諦めた。誘拐される危険があったからだ。地元の人は、路上で定期的に拉致監禁されていた。外国人の場合は、大金になる。なので私が言っていたように、それは避けたほうが良かった。

一度、自分自身の目で街の様子が見れたのは、私が宿泊していたホテルの目の前にあった大通りで、巨大野党による50万人ものデモ行進が行われた時だった。私は日焼けしており、注意深く見なければ、ほとんどローカルの人間に見えたため、これだけ大勢いるなかで誰かが私を誘拐しようなどと思わないと考えた。私は彼らに守られ、約5時間ダウンタウンを歩きまわった。会議の主催者は喜びはしなかったが、彼の父親が野党で働いていたので、彼は少なくともちょとは喜んでいた。

そこから約3時間、フェリックス・ヘルナンデスの実家があるバレンシアに行くときは、最大限注意しなけければならないと彼は言った。武装した運転手を雇い、小さな町で簡単なランチを取るために車を停めるときも、常に周りに注意を払わなければならなかった。誰がどこから見ているか、判らないからだ。私達が特に注意したのが、警察の検問で止められる事だった。全てが本当の警官か、判らないのだ。初めてベネズエラに行った2005年、私は夜中に到着し、私の乗ったタクシーは、カラカスのダウンタウンの暗い横道で検問に止められた。タクシー運転手は小声で悪態をつき、これから起こるかもしれない事に明らかに警戒していた。私は警官にパスポートを渡した。彼らは銃を剥き出しで持っていた。結果的に彼らは本物の警官で、薬物密輸の取締をしていたのだ。私のパスポートは返してもらえた。もしそれが本物の警官ではなく、トラブルに巻き込まれていたかもと考えると背筋が寒くなったのは言うまでもない。

翌年、私たちはヘルナンデスに会うために、カラカスからバレンシアに向かった。彼は電話で、彼の実家までの正確な道程を説明出来なかった。なぜならこの地域のほとんどの通りには、名前を表す標識がないのだ。彼は気軽に、通りにいる誰かに聞いてくれと言った。なのでそうした。何人かの高齢の女性は、私達が探していたヘルナンデスの両親の家までの道程を教えてくれた。私たちはそこにたどり着き、道の反対側に車を止め、車のドアを開け、すぐに玄関に向かった。ゲートは無く、ガードマンも居なかった。私たちは、そのまま彼の家のリビングルームに入ることができた。

そう、それが問題なのだ。

 Picture 099.jpg 
写真:カラカスの裕福なベネズエラ人エリートは、この様な地域に住んでいる。市内の小高い丘の上で、家は鉄のゲートに囲まれている。この地域に入るには、セキュリティーゲートを通らなければならない。なのでこの地域を歩きまわるのは安全だ。しかし全てのMLB選手、特に若い選手はこのレベルのセキュリティを持つ余裕はない。

最近ヘルナンデスは、新しい家を手に入れて、そこにはもう住んでいない。しかし2006年当時、彼は既に高給取りだった。言い換えれば、誘拐される危険性と隣り合わせだったのだ。

そこまでの稼ぎがない多くのベネズエラ人選手、MLBの最低給与ぐらいの選手たちは、私がカラカスの丘の上で目の当たりにした、判事や政治家が武器から身を守るバリケードと同じものを手に入れることは難しい。その代りに彼らは、育った地域に住み続ける。その控えめな家は、玄関まで簡単に近づけるのだ。

そして最低給与クラスの選手は、魅力的なターゲットになる。

彼らが故郷を離れるのは、言うほど簡単ではない。そこは彼らが育った場所なのだ。彼らの家族も住み続けている。多くのベネズエラ人選手は、アメリカの生活になれた後でさえ故郷が懐かしくなる。私はヘルナンデスやホセ・ロペス、ユニンスキー・ベタンコートが遠征先のクラブハウスのケータリングで、ラテンアメリカフードを食べるために、よくお金を使っていたのを覚えている。その様な環境で育った場合、外国でのリッチな生活は常にみんなが考えている様に魅力的ではない。

それは、そんなに簡単な問題では無いのだ。

しかし初めて直接的にMLB選手が誘拐されたこの事件は、分岐点となるかも知れない。多くのベネズエラ人選手が苦難を乗り越え、外に出る転換点だ。

私が1999年に投手のケルビム・エスコバーの取材をしていた時、MLBキャッチャーのヘンリー・ブランコの兄弟で、彼の親友だったマイナーリーガーのロジャー・ブランコが、カラカスの自宅の近くで強盗に襲われ射殺された。強盗は、彼の金のネックレスを狙ったのだった。エスコバーはその時、単にお金に絡む犯罪から逃れるために、カラカスからベネズエラの海岸沿いに引っ越していた。

数年後、彼がエンジェルスで投げている時に、私は彼と話した。エスコバーは私にマイアミに引っ越したと言った。彼は充分満足していた。私を信じて欲しいのだが、彼は最初に頭角を現した10代の時、私が見た選手の中で一番酷いホームシックにかかっていた。

しかし誰でも、それぞれの限界点がある。私はこのラモスの誘拐事件が、多くのベネズエラ人選手たちの、我慢の限界を超えると思う。

ベネズエラはあまりにも長い間、治安の問題に悩まされている。最新のインターネットやツイッターで、誰が日常どこで何をしているのかが、あまりにも簡単に誰でも判ってしまう。これらの野球選手は、歩くターゲットだ。

私の祈りを、ラモスとその家族に捧げる。しかしこれが起こったことは、驚くことでは無い。これが起こるまでに、こんなに長くかかった事が驚きなのだ。

参考記事:Only surprise in Wilson Ramos kidnapping is that it doesn't happen more often 
Posted by Geoff Baker
November 10, 2011 at 12:50 PM Mariners Blog The Seattle Times
http://seattletimes.nwsource.com/html/marinersblog/2016734890_only_surprise_in_wilson_ramos.html?syndication=rss